2008年09月06日

投げるおんな…グレート・ギャツビー


まず、ギャツビーを見に行きました。

ポニョは行かなかったです。


こいけせんせいは禁酒法と密輸とドラッグと銃が大好きだなあ。
モロ007世代ということでしょうか。

石鹸の箱に入れて密輸したのかしらね。

国こそ違っても時代は同じ…トムがジェラールのスーツ(マルセイユを去る時のグレーのストライプのやつ)を着てました。
ベストがダブルでボタンがたっくさんついてたからすぐわかる。

あの時代の流行なのかしら。

 


ネタバレです。

池先生の日本語の端々に違和感を覚えつつも、とにかく大変美しい舞台でありました。
 

デイジー。
しろさきあいちゃんの演じる“幸せになれない娘”は本当に胸を抉られるようなきもちになります。

すごく奔放で、華やかで、夢見がちで。
そして恋だって本気で落ちる。

そしてギャツビーとの一度目の別れで、追っていこうとして止められて泣き崩れ、カメオのブローチをせがみ損ねた妹(?)にむかってこんなものいらないわよってカメオのブローチを投げ捨てた時に、デイジーは幸せになるという意志を投げ捨てたんだな、と思いました。


でも、ほかならぬギャツビーがそいつを拾って白い花束に変えて持ってきたから。


捨て、忘れようとしていたものが全て鮮やかによみがえった。
幸せになりたい、ギャツビーと幸せになりたい。
最初は戸惑っていた彼女が、少しずつ、ほんの少しずつ以前の輝きを取り戻していくのがきれいで哀しかった。

でも再びそれは奪われてしまう。
もう二度と手に入らないかたちで。

ギャツビーの墓に花を投げ入れたデイジーは、ギャツビーと再会してからよみがえった幸せとか想いとかこころとか、そういうあたたかいものを全てを花と一緒に投げ入れてるみたいだった。
ギャツビーの遺体と共に自分の全部を葬ったのでしょう。

後に残ったのはうつろな“おばかさん”。
彼女は一生生活には困らないだろう。
豊かな生活が保証されている。
それでも鮮かにいきづく時間はもう二度と来ることなく、人生が終わるのを待つような一生を送るのではないかと思うのです。


そしてギャツビーさん。
ストーカーみたいにデイジーを好きで、なんかかわいいなあって思いました。
デイジーの家の隣りじゃなくて、対岸に家を買うんだ…純愛にもがく男が大金を手にするとそういう暴挙にでるのか、と妙に納得した。
ギャツビーさんは背中で語っていました…“デイジー以外は断固拒否”みたいなことを…。

大王の背中は文字にはならないけれど溢れて止まらない思念が溢れているのに対し、せなじゅんの背中はひとつのはっきりした気持ちを強く押し出す背中である気がしました。

ギャツビーの過去を知ってデイジーは彼と一緒になることを躊躇するけれど「信じてもらえないかもしれないけどあなたが好きなの」って言う。
そして言われたギャツビーさんは切なくて嬉しくて、そしてその気持ちを抱いたまま殺される。
だからもしかしたらギャツビーは幸せだったのかもしれない。
デイジーよりもずっと。


トムがなんだろうあいつ。
どうしてあんなやつが神の眼に見逃されたのだろうか。
死んだギャツビーやウィルソン夫妻のためにも、幸せになることを諦めたままおばかさんになった妻と築いた虚構の家庭で砂を噛むように生きていけばいいさと思う。


ギャツビーとデイジーの恋が叶って、二人が幸せになれたらどんなにいいだろうと思いました。
そう思わせるデイジーであり、ギャツビーであったと思います。

 
posted by 海野モノトモ at 02:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 月組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/106131978
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。