2008年10月14日

わがサーカス団をぜひごらん下さい…ZED

 
ワニ女もお見せしましょう。



ということで、三連休最終日、私は舞浜に降り立ちました。

せかいいち有名なねずみに会いに来ているひとびとでごったがえす中、日本初のシルク・ドゥ・ソレイユ常設劇場へ。
…いえ本当はね、時間があればちらっとジャック降臨中のホ-ンテッドマンションに行っちゃおっかーなんて甘いことを話していたのですが、パークが入場制限とかしてて…本当にニッポンはふけいきなのかね…


ということでそのままシルクの劇場に行きました。
イクスピアリを通って劇場に向かいながら、案の定迷って半泣き…迷わないでいける日っていつか来るかしら。

 
 
ネタバレ、というかまあそういう感じであります(あんま関係ないと思うけど)。


シルクの日本公演は何の因果か(?)ぜんぶ見ています。

今回の演目は…ショーを創ってからショーにあわせて劇場を建てちゃった的なある意味画期的な舞台装置の劇場でした…
贅沢だなー


構成的には、ジャグリング、綱渡り、布、空中ブランコ、人間ピラミット、のぼり棒、トランポリン、筋肉ショー(ぜんぶ私が命名…詳しくないのでよく分からない)などなど。
もろもろ、数年前に見たキダムと替わらない構成ですが、そこに引かれた物語のレールが違う。


でも、始まりはどの公演もいつもふたりのアルルカンから。
彼らがじゃれあい、じゃれあっているうちに持っている時計を止め、錠がかけられている本を開くと、その本に吸い込まれていく。

そしてそこからショーが始まるのです。

言葉は一切なく、音楽もどの国の人が聞いても異国情緒を刺激されるような不思議な旋律で、どこの国の言葉でもない言葉で歌う。
このショーに言葉は必要ないのだと思います。
そして、“見世物小屋”としてのサーカスの物悲しさみたいなものは芸術性の中に隠れているけれど、無くなっていない。
自分じしんのからだを、からだの躍動そのものをみせる芸。


彼らの“芸”は、野性的で、原始的で、とても純粋な人間讃歌なのだと思う。


彼らは私のからだが“退化してしまった”ことを思い起こさせてくれる。
そして、なにか突き上げるような活力が湧いてくるのです。
多分、退化した私の筋肉や、骨や、高所への恐怖と憧れが、ねっこの部分で彼らの芸に共鳴して蠢くからだと思います。

もちろん私は彼らの芸をなにひとつ出来ないから、できる人がものすごいと思うわけで、本当に最初から最後まで手に汗握ってドキドキして観てまして、あんまりドキドキするもんだから隣の知らないおねえさんにうっかり恋したのかと思っちゃいました。嘘です。


ただ、子供があちこちでギャン泣き…。
そりゃそうだものすごく怖いと思う。
多分トラウマになる…暗いし、アルルカンたちのけったいな笑い声がこだまして。
ドーム状の会場内に何倍もに膨れ上がった彼らの影が浮かび上がる。

雰囲気の異様さと、何より彼らの父母たちまわりの大人がしたことのないことを、目の前の人がしているという純粋な驚きがあるんでしょうね。
私は泣いている子供をニヤニヤしながら見るのが大好きなので(それでだいたい嫌われる…)、前の席の幼稚園くらいの子がおかあさんに縋って「もう帰ろう、ミッキーに会いに行こうよ」って泣いてるのをチラチラ見ながらニヤニヤしてました(最悪な大人)。
 
posted by 海野モノトモ at 00:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台&ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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