2009年03月01日

林檎の木の下でまた明日会いましょう…帰ってきた浅草パラダイス


マルグリット待望中を縫って新橋演舞場に行って参りました。
やはり2月はね!演舞場に行かないとね!

2月の新橋演舞場に通い始めてはや10年らしい…。


10年間同じ人と一緒に観劇しています。
大学時代にある意味奇跡のように知り合ったひとで、今はそんなに頻繁に会うことはないけれども、2月ばかりはどちらからともなく連絡を取って観劇します。

藤山直美・柄本明・中村勘三郎と揃えば面白くないはずがないわけで。

…しかしみんな歳取ったなあ。
私もだけど。そして隣に座っている同行者もだけど。



 

勘三郎が真ん中を譲る人は、そう多くはないと思います。
というか、藤山直美だけなんじゃないだろうか。

どんな小さな役で出ても、どんなに端っこにいてもそこを“真ん中”にしてしまう役者。
勘三郎の長所であり短所でもあると思います。

そんな勘三郎が真ん中にいる藤山直美によっかかって甘えてるみたいに舞台にいるのが、毎回すごいなあと思ってみてしまいます。

えもやん演じる半拍さん(クラリネット奏者なんだけど、必ずほかと半拍ずれるので半拍さんと呼ばれている…)は4作目かなにかで死んでしまうので、3人揃った浅パラはもう観られないと思っていたから2作目の再演は嬉しかった。
初演は渡辺えりが出てて、これがまたとっても面白くてさいこうだったのです。
今回は違う人がやってました。


初演時は久世光彦の脚本・演出だったのを、今回はラサール石井が潤色・演出。
初演を見ていることもあり、この“潤色”がクセモノだったんだけど…まあ細かいことは言わんでおこう……うん…。

人情ドタバタコメディとか書いてあります。
そういっちゃえばそうなんだけど、戦後の浅草の混沌としたパワーが凝縮されています。

きれいじゃないし、不自由はたくさんあるし、なんつーかむちゃくちゃだし。

でも戦争で全てがリセットされて、みんなが裸一貫で始めようとしている。
まさに大仏様が顔だけになり、トカゲちゃんが戦争なんてなかったらよかったと言って死んでいったあの頃です。
マルグリットの死後2年後くらいかな。

黒蜥蜴のときに散々わめいてましたが、私が戦後が好きなのはこの作品と出会っていたからかもしれない。

戦中戦後に生きていたら私は生ききれなかったかもしれないといくじなしの私は思うわけです。
だからこそ、その時代を生き抜いた人々の生命力に、そしてその時代に飲み込まれるように命を落とした人々のドラマに惹かれるのだと思います。


もちろん浅パラシリーズ屈指の名場面である「おれはお前をパラダイスだよ」というシーンもあの二人はきっちり見せてくれた。
その言葉さえもらえれば、甲斐性なしのダンナを支えていくことも辛くはないという妻のかわいらしさがなんとも言えないのです(躍り上がって喜ぶんだもの!)。

あ、その台詞は間違っているようで間違っていないのです。
倦怠期(?)の夫婦が、いろいろすったもんだした挙句、絆を深める。

夫は「パラダイス」という言葉を、耳にしたが意味がわからないでいて、夫婦揃って前後の文脈から「好き」って意味じゃないかと推測する。
その後の、台詞。

言った勘三郎の笑顔に、言われた藤山直美の笑顔。
ほんと理屈なしに幸せになれる。


そしてテーマ曲がまた!
当時流行していた曲なのでしょう、外国曲に訳詞がついて日本人が歌っている「林檎の木の下で」。林檎の木の下で明日の約束をする恋人達の歌。
あの曲を聴くとすぐに澱んでいた当時に抱えていたものとか、抱え切れなくてもう捨ててしまったものだとかを、懐かしく、もはやいとおしく思い出す。

変わらないものは確かに必要なのだなあとベソベソとあったかい涙を流しながら思ったのでした。
 
posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台&ライブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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