2006年04月07日

ウルフのおいたちについての考察の断片…アパルトマンシネマ。


この作品、妄想力が試されている気になる。
と、書きましたので、私の妄想をお届け。
いらないとか言わないで。

 
ウルフがホテルコンチネンタルにたどり着くまでに辿った人生についての考察。

家に居場所がないイザーク時代の寂しさ。
一家心中に巻き込まれてひとりだけ助かった時の絶望。
全てをなくしたウルフをゴーチェが殺し屋として仕込むのよ。他にも色々仕込むのよきっと(…何をだよ)。
初めて人を殺した時の衝撃。
人を殺すことに慣れていく感覚。
オーランドを拾って育てようと思った“気まぐれ”。
でも、オーランドを拾ったウルフは、すさんでつっぱったオーランドをそばに置きながら、自分がされたようにはしない、自分のようにはしないと思ったんだろうな。

だから、オーランドの仕事を“全て”肩代わりしてきた。
…ということは、オーランドはまだ人を殺したことがない。

ウルフは”人を殺しても何とも思わない機械になろうと思った”と言った。
ウルフはオーランドにはひとを殺させなかったわけです(冒頭のダンスから想像するに、どうやらスタンは最初オーランドのターゲットだったみたいだし)。

ひとをひとり殺すことがどういうことか、ウルフはわかっていたんだと思う。

マクベスでその妻は、王を殺してから罪の重さに精神を病み、夜な夜な手を洗い続ける。
血がこびりついて取れないの、と。
ウルフの苦悩ナンバー(?)を聞く度に、マクベスの妻を思い出します。

人の死を軽く扱っていそうなこの作品ですが、実は、かなり重く扱われていると思います。
ウルフの中では、殺しは罪で重罪だからこそ、オーランドには任せない。
だからオーランドはあんなに兄貴思いの優しい子になったんだよ。

…いい夢見てます海野さん。

ええっと、続きを。
死に至る病を宣告された時の気分。
スタンを殺すことになった時の驚き。
結局殺せなかった時の、気持ち。

殺せなくて、そのままホテルになだれ込んだんだと思う。
ホテルコンチネンタルに居を構えた時。
気のいいダメ人間達がのんびり暮らしているのを見た時。
その中に、アンナがいたのに気付いた時。
どう思ったんだろうなあ。

アンナの出演した映画は、機械になろうとしたウルフの、唯一のほころびだったのかもしれない。
そのほころびから、ひとの気持ちが流れ込んでいったんだろう。

初めてアンナを抱きしめた時の気持ち。
感無量って顔してた。
ずっとひとりで、寂しさを抱えて生きてきたにんげんが、ひょんなことから他人のぬくもりを知った時に口にした言葉が、“愛している”でも“嬉しい”でもなく、“あったかい”だった。
すごく、リアルだと思います。

 
そして、最期に番狂わせだな、って自分でも苦笑するほどウルフは幸せになる。
この作品の人物の人生を決めることが出来る『神』は脚本を書いた稲葉先生なわけですが……本当にありがとう…っ。
 
次の機会があったらオーランドの人生を追ってみたいと思います(まじかよ)
posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アパルトマンシネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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