2006年07月19日

サーカスが来ると君はドキドキして…アルバトロス、南へ

 


きっと上手くいくわ なんて 夢みたいなことを言って 思い違いをして

 

観てまいりましたとも[アルバトロス、南へ]本日18時公演。
チケットはどこを探してもなくてあきらめていたのですが、社内の人が仕事が入って行けなくなったチケットが回ってきてラッキー観劇。
…………なんですか3列目って。
下手ブロックの通路側だったので、コムちゃまがずーっと(とは言いすぎですが)目の前にいて…ガクガク震えがきました。
あまりの美しさに。

ちなみに、コムちゃまの舞台だということしか把握せずに言ったら、ベルナールとか音月くんとかが出ててびっくり仰天ですよ。
音月くんなんてこの間愛すべき徳兵衛だったのにねえ…ジェンヌさんって忙しいんだな。ていうかベルナール、全国回ってるのかと思ってた…

そして、肝心の中身。
白い衣装で、たったひとりで鳥になるコムちゃまに幕開きから涙が止まりませんでした。
コムちゃまが…飛んでいってしまう…!

わたしはコムちゃまの歩んできた歴史を知らない。
はじめてみたのが霧のミラノだったくらいですよ。

でも、コムちゃまの全てが詰まっているのは、こんな私でもわかった。
以下雑感。。。

2幕でコムちゃま演じる脱走兵は、戦争に巻き込まれた心の汚れや苦悩を纏っている。
でも、それは彼がその気にさえなれば直ぐに脱ぎ捨てられるものだ。
血や肉となって彼を苛んだりはしない。
コムちゃまの持つ、血や肉があるかどうかすらわからない、どこか人外の雰囲気がそう感じさせるのだと思う。
私は、彼女が“男役”として“おとこ”を演じるその姿に、常に違和感を感じていた。
彼女の演じる人物からリアルな感情を読み取れなかった。
そして、その魔物然としてにんげんを演じているがための、相手役とのかみ合わなさが私はとても好きだったし、だからこそコムちゃまのオスカルが好きだった。
でも、欠点だと感じる人もいるだろう。
今回はコムちゃまのバウスペシャルだから、そういう“欠点”をすべて排除した構成にすることは簡単だったはずだ。
――それを、荻田先生はあえてここに持ってきた。
容赦ないなあ。
でも、ラストはコムちゃま自身がその“おとこ”から、解き放たれていた。
欠点と言われかねないところをクローズアップして、最上の美徳に変えてしまう荻田マジックに酔いしれました。

荻田先生…荻田先生…だいすき!

そして、先生の描く戦争は、詩的なのにリアルで絶望と血の匂いがする。
男達は殺し合い、女は犯され、子供の死骸が横たわる。
美しく幻想的であるはずの、希望という名のタカラヅカの世界が俗世の汚泥に塗れる。
でも、一度汚泥の中に希望を沈めておいて、最後にはそれをさらに美しいものに昇華させるそのちから。
むごたらしいものを描き、でもその先に希望を置いておくことを忘れない。
先生、本当にありがとう。
磔で火あぶりになった人間のからだがとけていくさまを歌にしただけの某木村先生とは一線を画している。
あの男は、それだけだったからな。


話がイヤな方向にずれた…気を取り直して。
この作品のキーワードは“アルバトロス”と“南”。

黒い衣装のコムちゃまは嫌われ者の黒い鳥…烏をイメージしたような(それでブラックジャックの歌を歌っていて、泣けた…)。
烏はどこへも行かない。いつも同じ場所にいる。そんな烏が、いつの間にか白い渡り鳥になって飛び立っていく。
その時にオーバーラップするのは開演前、そして劇中でイメージ映像として見せられていた鳥。
みんな“飛んでいく”鳥だった。“飛んで来る”鳥は一羽もいなかった。
それを思い出して、胸が潰れるようでした。

劇中の人物はアルバトロスを、どこか見下したような言い方をしながら、そこにはまぎれもない憧憬が描かれている。
アルバトロスは愚直に南を目指す。
そこを楽園と信じて。
でも、一度は目指した南にたどり着き、ここは楽園ではない、薄暗く、寒い…とつぶやく。
その上で、さらに南を目指すのよ。
女は脱走兵を逃がして言う。
「南でもう一度会いましょう」
会えるかどうかは分からない。
あの銃口は、間違いなくひとのいのちに向けられていたから。

それでも、南へ。

南の象徴するものは、きっと花園の外なんでしょう。
コムちゃまにとっては新天地になるはずの。
でもそこは天国というだけではない。辛いことも、苦しいことも、もしかしたら花園よりも多いかもしれない。
でも、それでも南を目指せ。
そういう荻田先生のメッセージであるような気がした。

寂しくやつれた雲の切れ端が、と繰り返し歌われる絶望的な歌詞の次に来るのは、劇的な希望。
その雲の切れ端がやがてアルバトロスの羽根に昇華していくのです。
先生…抱きしめてチュウしたい!(嘘です)

端的かつ鋭利なセリフのやりとりにこころが軋みました。
青年館なのが…音響が悪いのがつらかったけど…。


そして、コムちゃまの挨拶で前楽だったことを知りました。
“明日を最後に二度と青年館の舞台に立つことはないので”と、断定形でサラリと言ってのけるコムちゃま…私はもう倒れそうになりました。

ここにいたいわけではない、どこかに行きたいわけでもない―――荻田先生の描いたアルバトロス/脱走兵はそのままコムちゃまだった。
あたしの明日になって、と言った女に答えずに南を目指した脱走兵は、コムちゃまの本質そのものだったのかもしれない。

本当の意味で、コムちゃまが飛び立ってしまう…
もう観られないけど、飛んでいく鳥を見る度に、南を思う度に、思い出す公演なんだろうな。

これでサヨナラでいい、サヨナラ公演は観に行かない…とまで思ってしまった。
いや見るけど。

というか、観た人にしかわからない感想ですみません(まあいつものことですが)。
コムちゃまは大好きだけど、偏愛ジェンヌではありません。
それなのにこんなにオイオイ泣いていて、私はいつか来る大王のそれに耐え切れるのか…

posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雪組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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