2006年08月20日

もういくつねると…花組ファントム

 

もうすぐ初日ですね!
大王はどんなエリックになって東京に舞い降りるのかしら。
でも、初日には今のところ行けるあてがないファントム難民です。
社内にもファントム難民が溢れかえっています。本当にチケットが取れません…。
いちにちいちファントムしたかったのに…このままだったら…10回くらいしか観られないかも…いやだあ…。

公演が始まってしまえばもうどっぷりつかってしまうので、ちょっと気になるところを冷静に(普段比で)記しておこうと思います。


■今更ですがセット考
キャリエールの回想シーン、マリア様お救いください、と歌っている割にはマリアの姿がどこにもない、カトリックっぽくないステンドグラス風のセットも気になれば、岡本太郎先生もびっくりな母子像も気になります。
まあいろいろ大人の理由があるのかもしれませんがねえ…

■演出考
今回、エリックはブケーを殺さない。
それが、話に妙な厚みと歪みをもたらしているような気がします。

通常の精神状態では人を殺すことはないひとりのオトコノコを書きたかったのは、わかった。そして、それが大王のエリックにきちんとはまっているのもいいなあと思う。
ブケーがエリックの素顔を見て、驚いて死んでしまったのは、やはりその後の彼のコンプレックスなり心の傷なりを深くするわけで、それはそのままクリスティーヌに顔を見せてといわれて煩悶する心理の伏線となる。
エリックガクリスティーヌの『真実の愛』を聞きながら煩悶するのは、全てブケーという忌まわしい前例があったから。

でも、あまりに中途半端な手の入れ方で、話に厚みが加わったのと同時に、歪みも生じている。

だって肩を叩いて“顔を見せる”のは、どう考えても変だと思うのです。
エリックは8歳の時に自分の顔が醜いことを知って泣き明かしているわけですから。
せめて、ばったり会っちゃって、とか、ブケーがエリックの仮面を剥ぐ(これは個人的にやだけど)、とかだったらまだ納得いくのに。

『それに僕の顔を見たんだ』←だからブケーが死んだ

ってことになりますが、これは初演の時にどうしてブケーを殺したのか、と聞かれて答えたセリフだったと思う。
今回は仮面をつけない状態で肩を叩いて覗き込んでいるんだからなあ…

また、顔を見て逃げ帰ったクリスティーヌを指して、キャリエールが「この子を早く避難させろ」みたいなことを言いますが、これも初演のまま。エリックの顔を見た人間を、彼は生かしておかないという大前提のもとのセリフだろう。
ブケー自爆になった今回は、もう少し工夫すべきだ。

あっちを立てればこっちが立たず…なのか。丁寧にキャラクターに沿って直していけば自ずと矛盾はなくなると思うですが。
私みたいなしろうとでもわかるような中途半端な手の入れ方をしないで欲しい。

母子像もステンドグラスも宙版の流用ですから今更もう諦めの境地ですが、演出の変更だけで済むならは金がかからないだろう。
かかるのは労力だけだ。
これって、演出家の先生の思考力と作品への愛が問われると思うんですよねー…。
ああ東京が楽しみだっ♪

posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ファントム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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