2006年10月22日

なんだかとってもビミョウな気持ち…雪組堕天使の涙

適材適所を切望する…!


植田景子先生、ショーを作ってください。

見たことのないような美しいショーになる。観たいよ、マジで。
だって今回の作品はショーだと思ってみたら秀逸。
物語としてはひどいもんだけど…。

ものすごい感動して、ものすごい辟易した芝居だった。
役者の美しさ、役としてのあり方、画面の美しさに感動した。
そして物語の構成のあまりのずさんさに愕然とした。

名作には、名シーンがあり、名台詞がある。
というか、名シーンがあり、名台詞がある作品こそが、名作なんだと思う。

今作には、名シーンも名セリフも多い。でも、名作ではない。
なぜなら、それらは名台詞のための名台詞であり、名シーンのための名シーンだった。
要するに、ちりばめられたどこかで聞いたことのあるような名セリフと、物語にあんまり関係ない名シーンが鈴なり状態なのです。

景子先生も考えたんだと思う。
コムちゃんのために、名場面だらけの名作を作ろうとした。
でも、エピソードのかけらを取捨選択し、研磨する作業こそが、名作を作ると言うことだと思うのです。
名シーンを全部詰め込んだからって名作になると思ったら大間違いなんです。

作品の出来としては暁のローマと並ぶ。
絵面の美しさは雲泥の差だけど。

そして致命的だなと思ったのは、景子先生には、徹底的に言語センスがない…。
パレルモの時に、もしやそうなのかしら、と思っていたのですが、確信しました。

だって、久しぶりに会ったら死にかかっていた娘の今わの際の枕元で[自分の娘が死にかかってるのに!]とぶっちゃけた挙句、母と言い合いを始める兄…。
死に掛かっている老人の枕元で遺産相続でもめる家族みたいだったよ。

そして、混血娘なんて言葉を平気で使うとは…愕然としました。
これは立派な差別表現です。
それが、たいした意味もなく平然と使われているんだよな…

………言葉の選び方に思いやりがないな、景子先生。
描きたいシーンはあるんだと思うけど、それに言葉を必要としていないんじゃないだろうか。
というか、言葉のちからを信じていないんだと思う。
本当に言葉には全く興味がない……としか、思えない。


イイ台詞って、いきなり出てきていきなり言ったって、名台詞にはならないのです。
たとえば。
ドンブイユ公爵(じゃないけど…パンフレットを買い忘れて名前がわからない…ジャンポールの継父)が、よくあんな女を愛せましたね、と言うジャンポールに向かって[愛と憎しみは時として同じ顔をしている]と言うようなことを呟く。
愛憎という二元論ではくくれない感情の襞がそこにある………はずなんだけど。
それが、描かれているかといえば、そうでもない。
あとで現在の夫であるドンブイユ公爵(仮)の前でジャンポールママが「貧しいダンサーを愛していたから、その子を産みたかった」と言う。
前であれだけ印象深い台詞を遺したドンブイユ公爵の反応が、否が応にも気になるものですが。
……スルーされた…!

たとえば。
スランプの音楽家が弟子の才能に嫉妬するそのシーン。
[俺は嫉妬している!]
って、明言…。
嫉妬と言う言葉は、第三者的な言葉で、自分に対して使うものではないと思う。
嫉妬している人間は、自分のそういう感情を嫉妬と認めたがらないものだ。
だから、ドロドロしたその感情をもてあまして煩悶する。
そのさまを見て、第三者が“嫉妬している”と感じるものなわけで。

俺は嫉妬している!

って宣言されても。
景子先生は、とにかく嫉妬していることさえわかればいいと思ってたんでしょうか。
新聞の見出し並にわかりやすく、趣がない…。


今作のテーマは「神は何故人間を創ったのか?」「神はどうしてそんなに愚かな人間を愛するのか?」。

その答えは、まさに神のみぞ、知る。

正しい答えがないことをあえて描くのなら、正誤問わずとしても主人公が物語の中できちんと結論を出すという義務が生じる。
なんだかわからんうちにケム(ドライアイス?)に巻かれた…
暁のローマもカエサルが偉いのかブルータスが偉いのかはケムに巻かれましたが。

ルシファーが“地獄の舞踏会”の材料にしようとした人間たちを、等しい重さで描いてしまったから、ジャンポールのことも、セバスチャンのことも、ヘタしたら…ルシファーのことすら全てが中途半端になってしまった。

ブルーローズだってそう。
ルシファーが、トートがシシィを見初めた時みたいにジャンポールを見初めていて、椅子から落ちそうになりました。
そして、第一のクライマックス・ブルーローズの園で踊る二人の男…。
これってなんだったんだろう…超絶美しい場面ではありましたが、どうしてこの後さっぱりブルーローズがでてこないんだろ…。
ジャンポールを誘惑してもしなくても、物語はつつがなく進んでいきそうだ。
ジャンポールはルシファーと契約したことによって、何かが変わったわけでもないから。

この作品では色に意味を持たせようとしていたように感じた。
たとえば、赤。
赤い髪の、赤い木の実を持ったルシファー。
イヴェットに手渡される赤いドレス、作曲家が手にする赤い楽譜…
赤は堕落の色。

では、青は?
蒼い月明かりの下、蒼い園で堕天使と契約をするという、その行為は何を暗喩しているのか
……特になし!なんて…。


先生はバレエがお好きだと聞きましたが、確かにバレエには言語がない。
…そういうことか。そういうことなのか。

だから、ショーを作ってくれ。

あなたのその磨きぬかれた美意識でショーを…!
言葉を発することもなく、ただ美しく舞いおどる、ショーを。

いつまで経っても終わらないのでとりあえず力尽きます。
ショーの感動が薄れる前に書きたいのですが、芝居の方が終わりそうにないです…

posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雪組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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