2006年10月23日

あなたの天国わたしの地獄…雪組堕天使の涙

 
第一、ルシファーというキャラクターが一体なんなのか…。

彼は、最初は“地獄の舞踏会”という演目で、自分を天国から追放した神に復讐しようとする(まず、それがよくわからない)。
神が創りたもうた人間たちが憎しみあい、殺しあい、苦しめあうさまを、地獄の舞踏会に見立てて、こんな人間を愛する神は愚かだ、と言いたかったようですが…(多分)。
神とルシファーの関係がほとんど描かれていないのに、それを真ん中に持ってくるなんて、無謀のきわみだと思うのです。

しかし、そんなふうに大々的にぶち上げた割に中盤で、ルシファーさまったら
[地獄の舞踏会なんてどうでもいい!]
って言い切りましたよ…ど、どうでもいいんだ……だったら、神もどうでもいいということになってしまう。

しかも、どうでもいいと言った割に最後まで引っ張りました。
ルシファーは弱く愚かな魂をどうして神は創り、愛しているのかを、悩み続ける。
どうでもよくないんですよ…だからどうでもいいなんていう台詞は省いてしまえ。

また、ルシファーはジャンポールに人間とはなんぞやという疑問を投げかけ、ジャンポールはルシファーに告げる。
[人間は天使になりたいのに、悪魔になるしかない]
………そもそも、にんげんは天使になりたいという前提がよくわからない(ジャンポールがなりたいと言うのなら別ですが、にんげん、とひとくくりにするのはあまりに乱暴だ)。

そもそも、天使をなんだと思っているのだろうか…。
ごく普通に考えれば、天使は救いの象徴であり、神の御使いだ。
そういうものに、望めばなれるもんなの?というか、なりたいの?
天使に救われたいと思う人間は多くいるかもしれないが、天使になりたいと思う人間なんていないと思うけど。
景子先生は“白くてきれいできらきらしたもの”くらいにしか、捉えていないんだろうなあ…。

そして、堕天使って、何?
冒頭、字幕で説明されていたのかもしれませんが、後ろの方で見ていたので、読めなかった…(読めなきゃわからないなんてひどいや…)。

多分深くは考えてないんだろうな、景子先生。
この作品における天使、悪魔、堕天使、天国、地獄、そして、人間。
先生のなかで、それぞれにきちんとしたイメージがあればここまで話がぶれることもなかっただろうに、全てあやふやなまま書かれているのがこの作品の軸をぐらぐらにしている。
地獄では鬼と悪魔が仲良く肩を並べて三途の川で釣りでもしてそうだな。
天国では仏と天使がラインダンスでも踊ってそうだな。
そして、定義があやふやなのに愛⇔憎とか善⇔悪とかの、二元論に走るからさらにわけがわからなくなるのだと思います。

 
まだまだ続きます。
 
posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雪組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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