2006年04月16日

とうとうこの日が…My楽アパルトマンシネマ

 

本日マチネ、私のアパルトマンシネマが終わりました…。
個人的に、4月4日マチネと同じくらい心に響いた回でした。音響ましになってた。

3人の男についてちょこっとずつ。

オーランド
今日は、「絶対に生き抜けよ!」と言ったウルフがオーランドの服を掴んでました。圧倒されながら強く頷くオーランド。ラストシーンのオーランドの無言の葛藤が痛いほど伝わってきました。
アニキの為に胸ポケットに薬入れてるなんてもう思わないから!(3月25日参照)


レオナード
ウルフがレオナードに笑顔で「幸せだったよ」って言った時、「まだ時間はあるだろ」と返したレオナードの言葉に、ウルフにというより自分に言い聞かせるようなニュアンスがあって、それがとても印象的だった。
死を前にした当人が死を受け入れていても、周りにいる人間は彼がいなくなることを覚悟できてなかったりするものだよな。あー本当に親友なんだな、って思った。


そしてウルフ
ウルフがホテルコンチネンタルを出る(出ようとする)のは、2回。
一回はレオナードが来た夜。多分オーランドにも知らせずに出ようとしていた。
足早で、硬い表情には諦めと割り切れない思いが滲む。
突然なくすことになった安らかな暮らし。アンナと離れなければならない――おそらく、永遠に。
それはレオナードが呼び止め、話している間にアンナが帰ってきたため、未遂に終わる。

もう一回は、最期。
今までの生活をなくすのは、一回目と同じ。
でも、ホテルとホテルの中でのすべての思い出を慈しむようにかみ締めながら浮かべた笑顔は、何もかもに満ち足りている。
ウルフはこれからどんなにか苦しむだろうけど(薬も手に入れられないだろうし)、でもきっと幸せを抱いてひとりで死んでいくんだろうと思う。

レオナードが呼び止めてくれたからこそ得ることの出来た、残りの日々。
レオナード、よくぞ呼び止めてくれた…!
ホテルコンチネンタルの最後の夜、ウルフが楽しそうに笑いながら「あんなにはしゃいだ夏の日の…」と、彼にはないはずの思い出を穏やかに歌いはじめるシーンは、ウルフがホテルコンチネンタルで生まれ直し、生き直した思い出をひとつひとつ追っているみたいで、本当に切ない。


…こうしてみるとウルフだけ長かった…ていうか、結局ウルフか対ウルフの話ばかり。
だって大王ラブだから。

あと2回観られない…観られない2回で何があったのかしら…ううう。
でもなにがどーしても仕事が休めなかったヨ…。
ヨ…とかふつーにカタカナに変換されちゃう自分のパソコンが嫌い。ばーかばーか!
と、八つ当たりしても仕方がないんですがね…。
今はもう素晴らしい舞台で最後を締めくくれてよかったと思うことにします。

あとは早くDVDが出るのを待つだけだ…。
あ、DVDといえばその前にアレか、アンドレか…!

posted by 海野モノトモ at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | アパルトマンシネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

本当に寝てないんですけど…アパルトマンシネマ

名古屋って近いですよね…。
朝ごはん食べて一服したら「間もなく名古屋〜」って…時間泥棒め!

何度初日を迎えても、やっぱり初日は緊張するのかな。
初心忘るべからずってとこなのか…そんなところも愛しいよ。
というわけで、みなさん緊張していたようでした。

しかしなによりも音響が…小さいよ…絞りすぎだよ…。
しかもソワレでは大王のマイクが絶不調…でもさすが春野寿美礼!聴こえましたよ、2階まで。
でも、次のシーンから直ぐに胸のとこにくっつけるやつをつけてた。初日の挨拶で胸マイクの存在を忘れちゃったのか、下向いて笑ってブホッとか、がさごそーとかやってて、それも春野寿美礼イズムというものか。ああんすきー。

ソワレでは、ケイタイが入れ替わってましたね。
レオナードがストラップ付きのピンクのケイタイを投げ捨て、それをジョゼッパが拾っていた…と思ったら、アンナがごっつい黒いケイタイでメール打ったりパトロンに電話したりしてたけど…。
アレはお遊びなのか、間違いなのか?
よくわかりませんでした…放置プレイだったから。
お遊びなら誰かイジってあげればいいのに…入れ替わってるなら袖で交換すればいいのに…。
でもなんかいいもん見た気になったー♪

とかなんとか見てたら、やっぱり泣けすぎるほど泣けてしまった…。
最後の夜、アンナの前から姿を消そうと決めながら、アンナを抱きしめ、ベッドに腰かけて肩を抱いて歌い、眠ってしまったアンナの顔に頬を寄せるウルフの顔が、何ともいえない満足感とせつなさに彩られている。

しかも、いつも君のことを見つめていたい、と歌う。
希望形なんですよね。
見つめているよ、でもなく、見つめていたかった、でもなく。
…ほんと誠実な作詞するなあ、稲葉先生…。

そして、ホテルコンチネンタルを去るアンナが、もういないウルフの声に答えて、初めて愛を口にする。
『愛してるわ、ウルフ…ずっと!』。
そう言った時にアンナがおなかに手を当てるのは、生まれてくる子供がウルフの生まれ変わりだと思っているのをあらわしているのかもしれない。
文字通り、アンナは死んでいく恋人の命を、自分と恋人の血を分けあった新しい命として自分の体内に宿した。
その事実が、前の場面でウルフが呟く「おんなはすごい」と言う言葉に帰結していく。

一回観ただけではわからないことがたくさんある。
リピーターを前提に創っているようなところがある、ある意味、宝塚的作品。
私はある意味リピーターだからいいけど、さ…。


そして、私の状態はといえば。
マチネは大丈夫だったんだけど、さすがに全く寝ていないのがアレで、ソワレの第一幕、ウルフとアンナがキスをしてそれまでは起きてたんだけど、紗幕が閉まって暗くなったその一瞬にオチてしまい、次に目が覚めたらシモーヌが電話をとっていた…。
幕間中は2階の最前列でバクスイしてしまったらしい…。同じ列の方にはさぞや迷惑を…。
おかげで芝居中は爛々と冴えておりましたが。

でもホテルにチェックインしてベッドにぼーんと横たわった瞬間に意識を失い、4時過ぎににひもじくて目が覚めてしまいました。
コンビニにものすごい遅い夜ご飯というか、ものすごい早い朝ごはんというか、そういうのを買いに行きました…最近一度徹夜をすると時差ぼけが…。

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2006年04月12日

ある意味“そのひぐらし”なんだけど…アパルトマンシネマ

絶賛仕事週間で毎日終電かよ!って感じですが、週末の名古屋のことを考えると一向に辛くない。
やりきれないのは、じゅりあ嬢が出ているバウホールのチケットは取れないわ、それ以前に時間はないわで断腸の思いで断念。嬢ぉ〜ごめんね〜不甲斐ない自分が自分で許せねえー!

その代わりにアパルトマンシネマ脳内上演〜ウフフ。
でもうっかりラストあたりを思い出すと涙が滲んで我慢できない…電車の中で泣いたら色んな意味でかわいそうなひとになっちゃう…ので、違うところを思い出して必死でごまかす。

1幕の最後でウルフ&アンナ、レオナード&サラのダンス、心でつながるカップルと、からだを繋げるカップルが対照的に描かれていて本当に面白い。
つかず離れず距離をとりながら心の交流を経て、愛をはぐくんでいくウルフとアンナ。
男女の欲に忠実にお互いを求めるレオナードとサラ。
最初に観た時は『なんといきなりかぶりついたー!』と、椅子に座ったまま10pくらい飛び上がっちゃったものです。
大王をオペラグラスで見ながら二組の対比も楽しみたくて、でもできなくてじれじれしたものだよ…。

そういえば喫煙スペースで以前、ものすごーく現実的なマダム達が『ウルフってさっさと子供だけ作って自分は満足して死んじゃって自分勝手よね〜』みたいなことを言ってました。ちょっとびっくりしたー…。

私は愛し合って子供ができると言うのは、なによりも純粋に尊いと思います。結婚とか、なんか色々そういうのは後からついてくるもんだと思う。だから、アンナもこどもの為なら頑張れるって言う言葉が身に染みます。
…それはわたしが未婚で子供がいない若輩者(ってほど若くないが)からこそ言える、きれい事なのかもしれませんけども…。
でも私は宝塚にきれいなことを観に行ってるんだもん。
だからいいんだもん(言い切った…)。

それに、この物語はある種ファンタジーだから。
ファンタジーといっても妖精や天使は出てこないけど、どこにもないけどどこかにあるかもしれない世界を描いているから。
そして、私の精神構造は、あの世界の水にあったってことですね。

思い出すだに叫びたいよ。
ああはやくなごやー!

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2006年04月10日

とうでとうとう千秋楽…アパルトマンシネマ

チケットは取れないはずだったのですが、棚ボタで観劇できることに!
せっかくですから、レポート風にしようと思ったんだけど、私そーいうのヘタなので、しかも、ほかにいろいろな方が書いていらっさるので、なんとなく垂れ流すだけにしときます…。
しかも時間軸バラバラで。

千秋楽らしいお遊びのある公演でした。
仕事先の人が行けなくなったからと言って譲ってくれたこのチケット、経験したことのない席でした。なんですか3列目って…。
カーテンコールで、ちょうどジョゼッパの目の前。
大王に指名されて超きょどったジョゼッパ、サラは意外に積極的で「ほら早く早く」って感じだった。
ジョゼッパ役の子は、きょどる子なんだな…サラ役のきらりちゃんもチャキチャキしててかわいい〜。
…いきなりカーテンコールの話になっちゃった。

冒頭に戻して。
ウルフはうそ泣きをするアンナをなだめるのに(からかうのに?)オヨヨ〜っと泣き真似を(公演中盤あたりでやってた「うにゃにゃにゃにゃ〜」ってのも好きだったんだけど)。アンナがやめてよ、とどつく。
後々、うそ泣きをするミレインを慰めようとするジョゼッパを、ミレインはやめてよ、とどつく。
面白い相似形だな。
いつかミレインとジョゼッパが…?(絶対違う)

そうそう、ベルトがおにゅうだったんだそうで。
虚空(客席)に向かって自慢した人物は、一瞬春野寿美礼だった。…大王め!かわいいよ…君最高だよ。誰に向かってポーズ取ってんのよ!あーもう好きっ。

兄貴、歌ってた?って言いながら登場するオーランドにも新しいベルトほめられて「ありがと♪」。
ウルフかわいいよ〜。オーランドも楽しそう。
オーランドが「ずっと薬を届けたかった」って言う時、いつもこのシーンを思い出します。
毎日のんびりした日々が続くといいね、死ぬまで続くといいね。そう思っていたオーランドの気持ちがしみじみ伝わってくるんですよ…。
今回の最後の日、薬を差し出したオーランドはもう今にも泣きそう。おっきい目にいっぱい涙をためて、口をへの字に曲げてた。
あごに出来た梅干しに君の真実と誠実を見たよ…!

ホテルコンチネンタルの最後の夜、みんなでわあわ騒ぐ。
レオナードは歌うのが好きだったらしい。
ここでウルフ→レオナード→オーランド…というより、春野寿美礼→彩吹真央→真飛聖の絶妙な歌リレーがあって、笑いながらも、どーにもこーにも切ない。
千秋楽の脱力カーテンコールを見てみんなを愛でながら、こんな楽しかった日々も今日で終わりなんだなあって思って違う涙が出ちゃったよ…名古屋行くのにね海野さん…。

観劇後、会社に戻ったんだけど、仕事になりゃしない。

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2006年04月07日

ウルフのおいたちについての考察の断片…アパルトマンシネマ。


この作品、妄想力が試されている気になる。
と、書きましたので、私の妄想をお届け。
いらないとか言わないで。

 
ウルフがホテルコンチネンタルにたどり着くまでに辿った人生についての考察。

家に居場所がないイザーク時代の寂しさ。
一家心中に巻き込まれてひとりだけ助かった時の絶望。
全てをなくしたウルフをゴーチェが殺し屋として仕込むのよ。他にも色々仕込むのよきっと(…何をだよ)。
初めて人を殺した時の衝撃。
人を殺すことに慣れていく感覚。
オーランドを拾って育てようと思った“気まぐれ”。
でも、オーランドを拾ったウルフは、すさんでつっぱったオーランドをそばに置きながら、自分がされたようにはしない、自分のようにはしないと思ったんだろうな。

だから、オーランドの仕事を“全て”肩代わりしてきた。
…ということは、オーランドはまだ人を殺したことがない。

ウルフは”人を殺しても何とも思わない機械になろうと思った”と言った。
ウルフはオーランドにはひとを殺させなかったわけです(冒頭のダンスから想像するに、どうやらスタンは最初オーランドのターゲットだったみたいだし)。

ひとをひとり殺すことがどういうことか、ウルフはわかっていたんだと思う。

マクベスでその妻は、王を殺してから罪の重さに精神を病み、夜な夜な手を洗い続ける。
血がこびりついて取れないの、と。
ウルフの苦悩ナンバー(?)を聞く度に、マクベスの妻を思い出します。

人の死を軽く扱っていそうなこの作品ですが、実は、かなり重く扱われていると思います。
ウルフの中では、殺しは罪で重罪だからこそ、オーランドには任せない。
だからオーランドはあんなに兄貴思いの優しい子になったんだよ。

…いい夢見てます海野さん。

ええっと、続きを。
死に至る病を宣告された時の気分。
スタンを殺すことになった時の驚き。
結局殺せなかった時の、気持ち。

殺せなくて、そのままホテルになだれ込んだんだと思う。
ホテルコンチネンタルに居を構えた時。
気のいいダメ人間達がのんびり暮らしているのを見た時。
その中に、アンナがいたのに気付いた時。
どう思ったんだろうなあ。

アンナの出演した映画は、機械になろうとしたウルフの、唯一のほころびだったのかもしれない。
そのほころびから、ひとの気持ちが流れ込んでいったんだろう。

初めてアンナを抱きしめた時の気持ち。
感無量って顔してた。
ずっとひとりで、寂しさを抱えて生きてきたにんげんが、ひょんなことから他人のぬくもりを知った時に口にした言葉が、“愛している”でも“嬉しい”でもなく、“あったかい”だった。
すごく、リアルだと思います。

 
そして、最期に番狂わせだな、って自分でも苦笑するほどウルフは幸せになる。
この作品の人物の人生を決めることが出来る『神』は脚本を書いた稲葉先生なわけですが……本当にありがとう…っ。
 
次の機会があったらオーランドの人生を追ってみたいと思います(まじかよ)
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2006年04月05日

へりくつを言ってみた…アパルトマンシネマ


大好きなこの作品ですが、疑問があったりもする。
レオナードがねえ…なんでサラとデキちゃうの…??
記憶を本当に失ってるならともかく。

と思っていたのですが。

ふと思い至る。
レオナートはあり方として間違っていない…ああいう男もいるってことだ。
…サラの書き込みが…足りないんじゃないだろうか。

煉獄。
と、書くと硬すぎますが、アパルトマンシネマの中で、ホテルコンチネンタルは“浄化”する空間として描かれている。
近くに川が流れていると言うのもとても象徴的だ。
川は古来から境界線として描かれる。三途の川だって、此岸と彼岸の境界線である訳ですから。
ホテルコンチネンタルの最後の日、人々は川に面した出口から出て行く。川を渡って向こう岸の新しい世界へ行くことを暗喩している。
そういう観点から見ると、レオナードに矛盾はない。
レオナードは復讐にとりつかれて家族を顧みることはなかった。
でも、ホテルコンチネンタルで色々な出会いを通して、家族に支えられていることに気付き、バラバラになりかけていた家族の元に帰る。娘の誕生日に何を買おうと思いながら。
レオナードはホテルコンチネンタルで“浄化”され、再構築された家庭を手に入れるわけです。

じゃあ、サラは?

「もう一度彼を待ってみる」
ホテルコンチネンタルに来て、レオナードと関係をもったけれど、彼女は浄化されていない。一応「映画の恋はいつか終わるわ」って言ってるけど、結局何も変わっていないよ…。
彼と話しあってみるとかさ、彼に手紙を書いてみるとかさ。思うところがあるなら行動してみろよ(byウルフ)。
コンスタンチンとメリッサは復縁。
アドルフのネットビジネスの成功。
サラひとりだけ元に戻るんだもん。……ここになにしにきたの、あなた。

サラが浄化されていない。
だから、レオナードとの関係性に意味が発生しない。
…レオナードが「ええ!?」って思われてしまうのは、サラが浄化が描かれていないからだと思ったのでした。

でもねでもね、やろうとはしていたんだと思うのよ。
ふたりの弁護士。ふたりの弁護士の妻。
「あなたの心が私から離れているのはわかっていたのよ」と言い募るレオナードの奥さん。
それを複雑そうな顔で螺旋階段の途中で観るサラ。
伏線が、原材料過ぎるよ…。
だってね、このサラは2階席からは見えないんだよ〜稲葉先生…。

印象的だったのは、最後の夜、サラはレオナードと握手していた。ああもうキスも交わさなければ抱き合いもしないんだな、と。しみじみしてしまった。
私はあなたの青春の幻影(byメーテル)…なんつってな。

ま、とはいえ、サラはとってもチャーミングで、なんとなく納得しちゃったんだけど。
子供のまま大人になって結婚しちゃった奔放な女の子っぽくていいの。
最後の日、外していた結婚指輪をつけている姿を目撃(ずっとやってたんだろうけど、奇声を上げるアドルフに気を取られてて見逃していた…)、愛しさ倍増。

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2006年04月04日

ものづくりの現場から?…アパルトマンシネマ


4日マチネは記者招待があったせいなのか、初日の呪縛から解き放たれたせいなのか、新たにお稽古をしたわけでもないでしょうに、すっごくよかった。

初日は緊張した春野寿美礼という人が舞台に立っていたけれど、今日はきちんとウルフがいたのー。
ウルフが笑って、苦しんで、話して、愛して、悩んで、友達が出来て、悩んで、また笑っていた。

それだけでもういい…(涙)。

幕間に外で煙草吸ってたら、テラスのある1階の喫茶店で稲葉先生が神妙な顔で記者たちの意見を聞いているのが見えた(隣で一服してたひとが「あれが稲葉先生よ」って教えてくれたのです。小劇団にいそうなおにいちゃんでした)。見るからに私と同年代くらい。
見巧者の記者たちの言葉……全てを鵜呑みにするなよ!でも、全てを拒否してはならない。
取捨選択して糧にして欲しい…記者もピンキリでしょうから。
難しいかもしれないけど、ものを創るひとにとっては、その柔軟さが一番大切な要素だと思う。
わたしはものを創る人をサポートする仕事についているのですが、色々な方と話していく上で、最近それを身に染みて思う。

稲葉先生は、上質な“辞書”を持っていると思いました。
ものを創る人は、皆自分でひとつひとつ綴った自分だけの辞書を持っていて、そこから言葉を引いてきて物語をつむぐ。
難しい言葉を使う人。使わない人。語尾にこだわる人、使う単語を厳選する人、そのほか色々。

稲葉先生の辞書は、いい辞書だけどでもまだ白紙のページがあって、どんどん書き足せる状態だと思う。
まさにこれから…と言った感じですよね。
ちなみに、一番分厚くて、一番上質の辞書を持っているのは荻田せんせいだと私は思う〜…。

 
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2006年04月03日

初日はハラハラ…アパルトマンシネマ。


初めて花組の初日を観たのですが。
………みんな緊張しすぎではないですか??
なんだかハラハラしてしまいましたよ。DCの後半よりもよっぽどおぼつかなかった気が…。
主語を間違えている人が多すぎた…。
兄貴はいつでも優しい、と言い募るオーランドに向かって

それはお前が作り出したお前の仮面だ。

って大王まで!!
頼むよ…!ふつーに考えてわけわかんないじゃんよ…
いいんだけどね、私は春野寿美礼の発した音なら、たとえ間違った台詞すら愛しているから(病的)。

さすがにそんな初日はモノガタリに入り込むことは出来なかったので、客観的に物語の構築を追ってみた。

この先生は言葉で小さな伏線をたくさん張っていく、すごく小劇団っぽい(小さなハコに適した)作り方をする人だ。
5,6年前のナイロン100℃とか、今は亡き(涙)惑星ピスタチオだとかを思い出させる。
観客が、あるひとつの言葉や仕草から、登場人物のひととなりだったり歩んできた人生だったりを瞬時に想(妄)想し、観客それぞれが物語りに肉付けし、積み上げていく。
それによって観客の心の中で物語が厚くなり、深くなっていく、トリッキーな手法。

だから後半になればなるほど、前半部分を脳内同時上映しながら見ないと、前半で蒔かれていた種が収穫できない罠もある。

普通の宝塚公演みたいに、物語の起こす大きな波に乗ろうとして見ていると、乗り遅れる。
いつまで経っても波など来ないからな。
このタイプの作品は自分の中に波を作らなくてはならない。

ある意味、妄想力と想像力を試されているわけです。

たとえば、後半のふたりの述懐の時に、ふたりのエピソード(スタンとイザークの関係性だけではなく、ウルフとレオナード、殺し屋とターゲットという関係性も含め)を総動員しないとイマイチ心に染み入ってこない。
ウルフとアンナの恋の顛末も、ウルフとアンナの歩んできた人生(舞台上では交わされていないセリフや、エピソードも含め)を物凄い勢いで補完しないことには、抵抗を感じてしまうシーンもある。
補完のための材料は、きちんとちりばめられている。
でもそれは、本当に”原材料”的な、たった一つの言葉だったり、小さな仕草だったりする。

前のめりの小劇団好きの客ならともかく、宝塚の観客にそれを求めるのはちょっと難しいかもしれない。
だって宝塚の作品にはそういうものがないから(役者があれだけ多くて、しかもミュージカルとなると、こういう手法は自ずと取られなくなる)。
それに、こういう観方は、慣れも好みもあるからな。

手法としては、とっても漫画的。しかも少女漫画。
花ゆめとかぶ〜けとかの路線だよな。間違ってもりぼんやマーガレットではない。
りぼんの全国250万乙女は雑誌の発売日を心待ちにしてウキウキしていた。
一方花ゆめぶ〜けの全国150万乙女(そんなにいないかな?)は、雑誌も買った、コミックスも買った、イラスト集だって買っちゃう。あまつさえイラストを描いて投稿しちゃうぜ!というハマり方までちょっとコアでマニアック。
花ゆめぶ〜け系だよな、間違いなく。

でも漫画は字として残るし、コマのふとしたところに回想を簡単に挟めるけど、芝居は消えちゃうから、結構無謀な手法ではある。ただ、これが彼の個性というなら、このスタンスは変えて欲しくないな。
こういう演出家はいないんだもん。
まだまだ先のことだけど、大劇場公演の演出が本当に楽しみな作家。

……と難しいことを考えていたわけではなく、いつものよーにオイオイ泣いてたりしたんだけど。
全然客観的じゃないな。

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2006年03月27日

これもある愛の軌跡…アパルトマンシネマ

ということでアパルトマンシネマ。
ごめん……色々すっ飛ばしてすぐにホテルコンチネンタルに戻ってきちゃった…。

宙組はどうもほのちゅうのトラウマから逃れられていないようだ。
それほど傷ついたのよ。
ということで、アパルトマンでリハビリ。

ううんさすが大王・春野寿美礼!!その御姿を見て、声を聞いて、同じ空気を吸っているだけで仮死状態だった色々なものが生き返るよ…!
さらにネタバレなので反転〜

 

この芝居では永遠とか、ずっととか、そういう言葉が頻繁に使われる。
ともすれば陳腐になってしまうこの言葉が、この世界でずっしりと重いのは、ウルフの置かれている状況と、それに向かい合う姿勢があればこそだと思います。

ウルフは、オーランドには「ずっとなんてありえない」って言い、舌の根も乾かぬうちにアンナに「永遠に愛している」と伝える。
なんという、誠実で真摯で優しい、嘘。
死を目前にして永遠なんてないと悟っているひとの、それでも永遠に愛しているという言葉にとてつもない誠実を見ました。
そして、アンナも多分ウルフとはもう長くは一緒にいられないんだとわかっている。
だからこそ「私を騙してる?」と言う。
でも、騙されているとは思っていない。
ウルフを信じつくして、愛し尽くしている。だからこそ言える「私を騙してる?」。
ウルフが幾度となく言う「愛している」という言葉の、そしてアンナがウルフの幻影(というか心に響く声)に初めて口にする「愛してるわ」という言葉の、切なさと重さ。
恋に目がくらんだ恋人達が口にする『永遠に愛している』という言葉とは一線を画している。

一方で、レオナードにアンナの弁護を頼むウルフに「俺は高いよ」と冗談めかして答えたレオナード。
ウルフは笑顔で「ああ」って言うけど、ウルフは払う気ないよね。レオナードももらう気ないよね。
あれは、初めてできた“友達”に、初めてできた“恋人”を託すことが出来たからこその笑顔。
そして、全てを納得してウルフが呟く「幸せだったよ」という言葉の重さ。
なんだよこのツーカーぶり…妬けるじゃねえか…。


軽妙なやりとりに、誠実が潜んでいて、それがこれ見よがしになっていないけれど、痛いほど伝わってくる。
ちくしょう稲葉先生憎いな〜…。

今日はカメラが入っていたのに(テストかなあ??)、ひいいっく、ってなりそうだったよ。
下唇を噛んで耐えたよ…!
偉かったな、俺!

 
そのまま新幹線で東京へ。
同行者とアパルトマン語りが止まらない。どうしてふたりとも泣いてんのか…。
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2006年03月25日

どこまでも一途なきみ…アパルトマンシネマ

25〜27日2泊で大阪へ。
今回は25日アパルトマンシネマ、26日ネバーセイグッバイ27日アパルトマンシネマ。
チケットがうまく取れなくて、だぶついた時間がたくさんあったので友達に会ったり買い物したり京都に足を伸ばしたりしました。
結果的にいい旅でした。

一番の目的はやはり大王・春野寿美礼さまを拝みに来阪。
次点宙組のゴールデンコンビ和央ようか殿と花總まり姫にも謁見を。
スカウトはふつーに惨敗。
チケットはどこにあるの。バウホールってそんなに小さいの?(まだ行ったことない)

大阪に着いていきなりアパルトマンシネマ。
そして、やっぱり号泣。
涙の量が増えている気がします。
アパルトマンシネマを観る度にこんなに泣けるのは、オーランドに感情移入しているからじゃないかと思い始めた今日この頃です。

彼の死までの時間と反比例して、彼は幸せを手に入れていく。
弟分としては泣けるんだろうなあ。
殺し屋家業にしては情に篤すぎるよオーランド。

どーでもいいことですが、ウルフはアンナの主演映画を『オーランドと待ち合わせしてた時に急に映画が観たくなった』から観た、と言ってましたが、ふつーにオーランドと連れ立って観に行ったのかと思っていたのですが…違うんでしょうか。
オーランド、ポップコーンとかもりもり食べてそう…とか、いらぬ妄想を一緒に行った職場の先輩に語ったら、やつめ「オーランドと待ち合わせしてて、でも待ち合わせ先に行く前に映画見たんでしょ」と言いおった。
………オーランド待ちぼうけかよ!!(だからアンナが「気まぐれね」って言ったのかな)
かわいそうだなあ…でもそれはそれで…オイシイな、オーランド!

でも大のコワモテ男が二人並んでアイドル映画を観てるのを想像するだけで妙に萌えます…。
オーランドがポップコーン食べている横で、ウルフはぼんやり映画を観ているのかと…というか、幕開きにタバコをくゆらせているのは、アレは映画を観ている姿なのでしょうか。
うーん夢が広がるよー。

そして、今回はラストについて。再びネタばれなので、反転〜


ラスト、胸を押さえてウルフを追って行ったオーランドは、ウルフを殺しに行ったのでしょうか?

オーランドの無言の思い入れに「アニキに薬渡してないよ!出かけるときは行ってよもう!」ってアテレコしちゃった…。
胸ポケットにいつもウルフの薬を入れてるなんて愛だね…と思ったよ…。
……だってだって、オーランドのウルフに対する葛藤は特にかかれてないんだもん(言い訳かよ)。
ていうか、オーランド愛視点で見ると、普通にそうなったんだもーん。

ちょっと冷静に考えたら、そうじゃないかもーって思ったんです。
ウルフだってオーランドがウルフを殺さないと、オーランドのいのちが危ないことくらいわかってると思う。
その上での「生き抜けよ」という言葉は、「殺してもいいよ」ということなんだと思うから。

でも、もしオーランドがウルフを殺しに行ったのだとしても、まだウルフが依頼の肩代わりをしてあげているような半人前のオーランドに、いくら死に掛けとはいえウルフが捕まって殺されるって事はないと思います。

だから、絶対殺してないよ!
殺してないってば!(願望かよ)

だって、オーランドがウルフを殺したら、オーランドはいのちを得る代わりに一生消えない傷を心に負ってしまうと思うし。
だってオーランドはウルフのことが好きすぎるもん。
それにウルフは優しいから、きっとオーランドに殺されたりしない。(…やっぱり願望かよ)

きっとふたりで誰も見つからないところに行ってオーランドはアンナの代わりにウルフを看取るよ…もう思い残すことはないって言ってても、やっぱり死ぬのは一人じゃない方がいいもの…オーランド信じてるよ!
そして、彼にはウルフの死を通して、これからどう生きていくか決めてほしい。


あー妄想が妄想が。
番外編大好きにんげんとしては、サイドストーリーを作ってしまうのは性ですよ。

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2006年03月20日

振られ女のように…アパルトマンシネマ

月曜日、新幹線出社ですよ…アホでしょうか。
でもまあわが人生に悔いなし。
アパルトマンシネマのことを考えながらぼんやり窓の外を見ていたらどーにも涙が止まりません。まるで振られ女か、遠恋中の恋人との束の間の逢瀬を終えて泣く泣く上京する女のようではないですか。
ある意味、春野寿美礼大王様から離れること自体、涙が止まんないんだけど。

ぼんやり考えていただけあって、ほっとんど忘れちゃったんですが、覚え書程度に。
ネタバレなので反転〜。

 

恋愛か、友情か。
どちらかを描きたかったのか、と疑問に思う人がいるかもしれない。
どちらかに重点を置いて描いてほしかったと思う人もいるかもしれない。

でも、これは両方とも描かれなければならなかったと思います。
描かれているのは、ひとりの男の死であり、死に様であるから。

他人の命を奪うことを生業としていた彼。
彼にとって他人の命の軽さは、自分の命の軽さだったんだと思う。だから、いざ自分の命が失われるとき、何も無いまま死んでいくことを覚悟した。

そんなとき、偶然なのか必然なのか、愛する人も友達も出来た。
どんなにか、嬉しかっただろう。

彼が最期に手に入れたとてつもない幸せを、その幸せ感を描きたかったんじゃないかな、と思うわけです。
だからこそ、
「たったひとりで死んでいくんだと思ってた」
そう言って穏やかに笑う彼に涙がとまりません。
幸せなことなんか何も無かった彼に、最期のさいごで恋人と友達の両方を与えてあげた稲葉先生の手腕に乾杯。
なんとなく、私もああいう風に死にたいなあと思っちゃったよ…。


出社したはいいけど、仕事が全然手につかないのはどういうわけだ…。
冷静に観ればいいのだけど、無理ですから。

…生暖かい目で見守っていただければと思います…。
 
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2006年03月19日

涙腺破壊…アパルトマンシネマ


日があけて、睡眠ばっちりで2回目、3回目の観劇。
ウルフが「みんな、おはよー」って出てきた瞬間に胸がいっぱいに。

アホですか私は。
……でもだって彼が前半に軽妙に振舞っているのも、なんだか今までの分を取り戻そうと必死になってるみたいで、切ないんだもん。
で、アンナ。

今回はウルフアンナ愛視点で観てみました。
以下また超ネタバレなので反転〜。


アンナは気まぐれだなんだということですが、意地っ張りで素直じゃない子なんですよね、きっと。
気まぐれな人は自分のことを気まぐれなんて言わない。
感情をコントロールできない“子供”なだけ。

…そこがまたイイわけですが。

だって、それが、ウルフを得て、ウルフの子供を得て……母になって、彼女は変わった。
ウルフのたった一つの「愛してる」って言葉を抱いて、どこまでも誠実に生きていくんではないでしょうか。

サラも言ってますよね。
「新しい、命があなたの中にあるのよ?」
そうだよね、終わりかけのにんげんのいのちから、新しいにんげんのいのちが生まれるんだよ。
女はすごい。

子供みたいな単純な言葉が、ウルフの本心なんだろうなあと思います。
ただ単純にすごいな、って思ったんだろうな。

もうすぐ死ぬ自分の子を、アンナが宿してくれた。
にんげんになったんだなあ、って思ったんだろうな。
そりゃウルフだって女はすごい、って言うよ。

姿を消したウルフの声に応えるアンナは、母の崇高さを、確かに持っていたと思います。
とんでもなく泣けるよー。


そんなわけで、泣きましたよ2回とも。
大泣きですよ。

…すみませんね、冷静に見られなくて。
どうも宝塚に関しては人物に入り込んで観てしまいます。
どうしてだろう。

やっぱ愛?

どーでもいいですが、酔っ払ったあやねちゃんの介抱はわたしにぜひ御一任願いたい。
かわゆーい。アラレちゃんなの?アラレちゃんなんだね??
もうーしんぼうたまらん。

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2006年03月18日

花組ドラマシティ公演…アパルトマンシネマ

18日の朝まで仕事をしてそのまま大阪へ。

はっきり言って寝てませんから、つまらなかったら寝るよ?という前提のもと、席へ。
薄暗ーくて、あたたかーくて…始まる前から寝そうですよ…。
今回の公演には嬢たちは出ていないので、今回は主に春野寿美礼(大王)さまを観よう〜なんて思っていたら、開演。

………寝てられるかー!

なんだあれ!
かっこいい…!!かっこいいよ!!!

リバーサイドホテルにまおたんが素顔でチェックイン☆ドアは金属のメタルですか?
ヨースイもびっくりです(わかった人だけ笑って…)。

ていうか、なんとも切なくてオイオイ泣いちゃいました…。
以下超ネタバレにつき、反転〜


人物を皆追おうとすると気持ちが定まりませんので、ひたすらウルフの気持ちを追って観る…ウルフ愛視点を発動。

だってウルフが主人公ですから、ウルフの物語だもん。

ウルフにとって、あのホテルはホスピスだったんですね。
あそこは、彼が安らかに死んでいくための場所だった。

結婚式が終わったその夜、ウルフがレオナードに向かって「幸せだったよ」って笑う。
……過去形なんですよ。過去形になってるんですよ。

この人、もう生きてない。
彼は、アンナとのハプニング風味の結婚式でピッカピカの笑顔を見せながら、死んでいったんですね。

そして、最後に残ったのは、あの笑顔。
穏やかな、何も後悔のない笑顔。

それがどーにも切ない。
「かわいそうに」って世間から言われそうな死に方をしていかなくちゃいけない男が、最期に「幸せだったよ」って心から笑うわけですから。
この物語は、ただそこに集約される。
生きていたものが死ぬわけで、その死に方を書いた作品としては、私は上質なものだったと思う。
 

なんだかナイロン100℃の『全ての犬は天国へ行く』を思い出しました。
空が流れる映像から始まったあの芝居、ある酒場に集まる女たちの群像劇…だったと思う(何しろ観たのはかなり前なので)。
じゅんちゃんが歌ってたタンゴは、アコーディオンがブイブイいってた。

こういうのを再び観られるとは。しかも宝塚で!大王主演で!!
大阪まで行ってよかった…と思いながら、ホテルでぐっすり。

posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アパルトマンシネマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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