2006年10月01日

パリは雨…花組ファントム千秋楽

 

雨が降ったら仕事が入って千秋楽にいけなくなると言っていた先輩がいたので、とりあえず昼頃出社して雨待ち。
雨乞いしていたら、雨が〜。
奇跡だ〜!
私以外の全てのみなさまには本当に申し訳がないのですが、私にとっては恵みの雨でした!

ということで、千秋楽観劇!

先輩、どうやって取ったんだか知らんが5列目センターブロックって…。
振り返ればななめ後ろに演出家先生がいた(関係者ってこんなところでみてるのか…いいなあ)。
今まで観てきた席のどの席よりもよかったのでビビりました(今までは2階とか立ち見とかだったから)。
声が大王の生み出す妙なる音楽が全身に降りそそいできました…

今日も観たことのないエリックと会えました。
不思議だなあ…大王は本当に不思議だ。
今日のエリックがマイベストの方もいれば、そうでない方もいるんだろうと思います…ナマ舞台の醍醐味を満喫させてもらいました。

クリスティーヌを連れてきた部屋に、キャリエールがやってくる場面が、今日初めて切なくなりました。
自分の顔が醜いことをブケーの死によって痛いほど認識していたんだろうと思う。こんなに醜いけど、クリスティーヌを返してしまったら、もう自分のひととしての拠り所がなくなると思ったんだろうな。
「灰と思い出の方がましだ!」と強く言っていたのが印象的。

銀橋、キャリエールが歌い出す直前、立ち尽くして母に思いを馳せるあのシーン。
立ち尽くすエリックから乖離していく魂が見えるようでした…喜怒哀楽を超越した、世界中を探しても表現できるような言葉がない…そんな顔だった…。

下手側だったのであやぶきまおたんの顔がよく見えたのですが…かおをくしゃくしゃにして歯を食いしばっていて。
そして涙混じりに歌い出すその弱々しい声ったら…キャリエールの全ての不義と無神経さは、あの時のあやぶきまおたんの表情で全て許せてしまうのです…。

地下に連れ戻す時に、いつもよりもぎゅうっとエリックを抱きしめるキャリエール。警官に見つかった時に、さらにその手に力がこもる。クリスティーヌの声を聞いて身じろいだエリックを、離すまいとさらにさらに強く抱きしめていた…。エリックが一度は飛び込んだ父の腕の中でもがき、必死に「離して!」。
胸に迫るものがあった。

フィナーレ。
黒燕尾、気合い(掛け声?)までに時間がありました。まさに渾身の一声!
男役5人のシーンでは、あいねはれいちゃんを始め、みんなからのそのかちゃんコールで、そのかちゃんが泣き笑い。
まさに目の前だったので、こっちまで泣いてしまいました。月組に行っても愛するからね…。
フィナーレのラストで銀橋に出てきた皆さんを見ていたら、すぐ目の前のきほさまが嗚咽…。
氷のお嬢さんの滂沱の涙に釘付け。
色々こみ上げてくるものがあったのかもしれませんね…。

そして挨拶。
某所に記したものとかぶりますが、大王は最初は穏やかな顔で微笑んで退団者の挨拶を聞いていたように見えました。
いざ大最後の挨拶となって、口を開いたらなんだか放心状態に近い模様。
フィナーレでエリックから春野寿美礼に戻ったはずなのに、またエリックに戻ってしまったような風情で…。
何が、とか、どこが、とかではなく、今はただもうぼんやりと全てが愛しいのですが、足りない頭を総動員して記憶を掘り返してみようかと…

『初日の幕があがった時は、花組のファントムがどこに行くのか誰もわかりませんでした』というようなことを言っていた。
不安だったんだな、きっと。
そして、今日、フィナーレの幕が下りるまで不安だったんだろうと思いました。
インタビューやトークでもその不安を出さず、なんでもないことのように振る舞っていたのは、彼女のプライドでもあり、プロ意識なのだろうと思う。
うつくしいひとだ。
でもこれから自信満々で“大丈夫”って言ってるのを聞くと逆に心配になっちゃいそう…(私はどうやら大王のことを好きになりすぎているようです…)
中盤くらいに言った『絶対に頑張りたいと思います』っていう言葉が、退団者&組替えメンバーへの、はなむけの言葉に思えたのと同時に、ものすごい痛かった。
このひとは、これからも頑張らなくちゃいけないんだ、頑張って越えていかなくちゃいけないことがたくさんあるんだと思ったらもうなんだか切なくて。
でも『もう頑張らなくていいよ』とは口が裂けても言えないのです。だってファンだから。
その代わり、大好きでいようと思います。
もうお大切、お大切ですよ…!
後半からは小さい女の子みたいに半泣きで一生懸命しゃべってました…。
記憶にあるのは「だけど」という言葉。
なんども「だけど」って言ってて…その言い方の、えもいわれぬニュアンスよ…
小さい子が一生懸命何かを説明しているような風情でたまらんものがありました…あんなしょんぼりな姿をみたら…抱きしめてキスしたい…というより飛んでって頭ナデナデしたい…(と満場の観客が思ったのでは)
退団・組替えのことにふれて『ずっと一緒に色々なことを共に乗り越えてきて、これからもそうだと思ってたのに…』というような泣かせること言って、自分でふにゃ〜ってなってました…い、愛しい…愛しいですよ…!!
まるっきり涙声で、ちょんとつついたら泣いちゃいそうでした…。
なんか、挨拶全編がすごく素に近い感じで『私たちも皆さんが大好きです』って何故か妙に恥ずかしそうに言っていて、キュンとしすぎた…思わず内股になっちゃいました…。

そうそう、お楽しみシーンも今日で最後か。
そのかちゃんに「やぁ!やぁ!やぁ!」(かな?)と気合いを入れてパンチ3発、しかも最後に「ドカーン」(だったか?)と爆発炎上(?)みたいなことになっていた…。あやふやすぎますが、なんだかサービス極まっていて楽しかったことだけがわたしの心に残っております…
みんなをなぎ倒して満足そうに笑ったあと、カルロッタに気付いてちょっとビクってなってた〜かわいいかわいい…
フィナーレのおさわりシーンは、まとぶんとあやぶきまおたんの両方から指を絡められて、破顔一笑。
その笑顔、破壊力抜群…

エリック…エリック〜…花組のファントムを生で何度も観ることができて、本当に本当に私は幸せ者でした…
6月23日から10月1日にファントムを観て感じたいろいろなことは、心に大切に留めて、留め続けて、墓場まで持っていこうっと。


………後日この日記を見たら自分のことが嫌いになりそうですが、とにかく今日はアップしちゃえー…

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2006年09月26日

脳髄はものを思うにはあらず…花組ファントム

 
ものを思うはむしろこの街

エリックは今日も死にました。
これだけ繰り返し観ていれば一度はエリックも死なないで済む回があるかしらと思うのですが、まだ行き当たったことがありません…。
………あたりまえなんですけど!わかってるけど!
幸せにしてあげたかったなあ。


最初の、キャリエールを招き入れるシーン、キャリエールと従者しかいない時のエリックはとてもリラックスしていた。
「じゃあぼくもお前と一緒に出て行くよ」…ってキャリエールの家に転がり込むつもりですよ、あれは…。
でもクリスティーヌを取り返しに来たキャリエールには、毛を逆立てた猫みたいに怒る。その時の哀しそうなキャリエールの顔ったら…


今回は、最期にオペラ座に出てくるあたりから胸を打たれっぱなしでした。
母を亡くしてぽっかりと空いたこころの穴をクリスティーヌで埋めたかったのに、成し得ず、そんな空虚なこころを抱えてオペラ座に出てきた。
からっぽなんだよ…だからキャリエールに“今でも君の事を愛しているよ”と言われて、泣き崩れそうな顔をどうにか笑顔にしてゆるゆると首を横に振る…なんて健気…。

最期、キャリエールを促すその言い方がまた変わっていました。
縋るようだったり、搾り出すようだったり、甘えを含んでいるようだったりしたのに、今日は静かに「ジェラルド、助けてくれ」。
この“助けてくれ”は、“ここにいる皆を殺してぼくを助けてくれ”と聞こえないでもないセリフの内容とその声音だったから、キャリエールは悩み、悩んだ末に銃口を向けるわけですが、今日はそれがそのまま“殺してくれ”と聞こえた。
約束しただろう――そのつぶやきはとても静かで、説得するような。
エリックはもう烈しい感情はなくしてしまって、気持ちが静かに凪いでいるようでした。
クリスティーヌにほんの一瞬だけ愛されたという思い出をいだき、生まれてきてよかったって思って、父に抱きしめられて、エリックはもう未練なんてなくなっちゃったのかもしれない。

満ち足りた想いと、そしてなんとなくほんの少しの諦念と。

静かに流れ落ちる涙…。
どうやって殺せと言うのだよ……
                   

キャリエールに撃たれ、クリスティーヌが抱きとめられて横たわった時、クリスティーヌがエリックの手を頬を撫でているようなしぐさを…涙を拭ってあげていたのかな…あやねちゃん…ありがとう(おやごころ)。
だってエリックはクリスティーヌに頬を撫でられて苦悶が緩むんですよ…。

そして、今日はクリスティーヌがエリックの頭を撫でるよう抱えていたのにまた打たれました…!
こころはどこにあるかと言えば、やっぱり頭にあると思うのです。のうの奥の計り知れないところに。
頭ごと優しく抱き寄せる行為には、激しい恋というよりは、穏やかな深い愛、慈しみを感じるように思うのです。若き日のキャリエールも、回想の中のベラドーヴァも、少年エリックを抱きしめて頭を撫でてあげている。
エリックはクリスティーヌにこころごと抱きしめてもらって息を引き取りました……。

あと2回…。


リハーサルのいたずら度がどんどん上がってますね。
やるぞーとなってから、そのかちゃんに今日は大きく3発連続パンチ!そして最近の基本コース、きほさまのスカートめくりとじゅりあ嬢のお尻タッチは欠かさず。
どんなに素晴らしい声を持っていようともオペラ座で歌手にはなれないエリックからの、ささやかなコミュニケーション。
ぼくの全てだ…そうだよね、これは君のものだよ……

エリックは音楽の天使になって、音楽の殿堂に宿り、オペラ座を擁するパリの街に宿り、大成するクリスティーヌを見守っていくことでしょう…

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2006年09月25日

愛しいひとのことを語るときはいつも笑顔…花組ファントム

 

仕事と仕事の間に何食わぬ顔をして観劇。デザインバッグを持ったままGO!ですよ。
2階の最後列でしたが、ど真ん中だったので、フィナーレで羽を背負った大王がこっち向いて笑ってくれました。ほんとうです。ほんとうなんだもん。

今日はにこにこエリックでした。
大王エリックの笑顔は、ひとくちで笑顔と言っても、楽しい、嬉しいだけでなく、寂しい、哀しい、切ない…色々な感情がほとばしる。
そういうマイナスの感情すら笑顔で表現されるものだから、身を切られるような涙というより、あたたかくてどうしようもなく切なく涙がこぼれます。
特に、荒野の歌が、泣きながらも笑顔なのが、切なくて仕方がない。
母は自分を残して死んでしまった。クリスティーヌは自分の顔を見て逃げてしまった。
でも、愛しくて仕方がないんだろうと思う。
笑顔と涙が痛いほどそれを伝えてくる。
エリックのその感情は、理屈ではない。
彼女らのことを考えると、悲しい気持ちの奥の奥に、あたたかい気持ちが湧き出てくる――そういう笑顔なんですよね。
またあの歌を歌う時の声がね…あんなにだーだー泣いてても声がぶれず、濁ることも曇ることもなく、あたたかく澄んだ声。
あのシーンはまさに“絶品”と言うのにふさわしい。

対するビストロのシーン。
エリックはとっても嬉しそうに歌ってます。
ビストロの中のクリスティーヌと一緒に。
エリックがいるのはビストロの裏…かな?
どこだろ…とりあえず、外であることは確実。
どんなに素晴らしい声をしていても、どんなに歌がうまくても、ビストロの中、光が当たる場所には彼の居場所はない。
クリスティーヌと並んでデュエットできたらどんなにか嬉しいだろうし、どんなにか素晴らしい音楽が生まれたことだろう。
“お前は素晴らしい歌手になれたはずだよ”というキャリエールの言葉が残酷な響きを感じるのは、きっとこの離れた場所でのデュエットが、私たち観客には見えるけど、ストーリーの中にいる人たちには耳に届くことはないからかもしれない。

そして結局は、キャリエールとフィリップだけが、“天使”の歌声と、“素晴らしい歌手になれた”はずの青年のうめきのような歌声が重なる瞬間に立ち会うことになる。
最近ますますやりきれません…。
天国でお母さんと好きなだけ歌ってるといい…君の歌を聞けばみんな拍手喝采さ。

 
そしてある意味見所、リハーサルシーン。 

やるぞーとなってから走り始めたはいいけど、偶然目に付いたそのかちゃん(が演じる団員)がお気に召さなかったらしく、一瞬足を止めて小さく5発ほど連続パンチ〜!そしてきほさまのスカートをめくり(?)、じゅりあ嬢のお尻を触り(?)、ピースを振り上げてみんなをなぎ倒していく…。
私もなぎ倒されました…エリックオイタが過ぎるよ〜それがまたいいよ〜。
エリック愛しいなあ。
そんな気持ちの積み重ねで、エリックが息を引き取るくだりではカタルシス波状攻撃ですよ…。
とんでもない昇華だなあ。


今日のメグちゃん。
ソレリになついてますね〜。
シャンドン伯爵の寵愛を競ってやいのやいの言いながらはけていく娘さん三人のことを、『あのさんにんはいつもうるさいんだから』みたいなことを言ってました…仲良くしなよ〜。
ビストロでもお酒を振る舞われていないところを見ると、未成年なのかな。
タイターニアの場面で「ファントムだ!」と言った後「わわわ怖い〜」って言ってて、舞監氏は毎回役得だなあ〜…。

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2006年09月22日

人を殺したことなんてなかったのに…花組ファントム

 
きょうも仕事先の方をお連れしました。同僚も仕事先の方をお連れしていて、しかも偶然隣で5人並んで観劇…。

仮面もないままブケーの肩を叩いているのは変だなあと思ってましたが、今日はなんだか妙に切ない行為に見えました。
エリックは自分の幻想に閉じこもっていて、地下で暮らさなくちゃいけないことを忘れがちみたい。
きっと彼の幻想の中で、彼はきっと醜い顔をしていることはないんだろう。
普段は従者達とキャリエールにしかふれあわないし、彼らは何も言わないから。

キャリエールの牽制のおかげで地下に入る者はいなかったから、長らく直面しなかった現実。
だから久しぶりの闖入者の肩を、仮面もつけずに無防備に叩く。
彼が驚いて落下し、死ぬ。
彼の驚愕で、エリックは自分の顔がそれほどひどいという“現実”を突きつけられてしまう。

それが全ての発端。…もしかしてそういう風に書きたかった?(そうだとしてもわかりにくすぎる…)

だからエリックはクリスティーヌの真実の愛を聞きながら、逡巡する。
大の男が驚いて死んでしまうようなものを、好きなひとに見せてもいいのか、と。

でも、母はキスしてくれたから、こんな顔でもキスしてくれたから。
そしてこのひとは母と同じように愛してくれると言ったから。

そう思って仮面を外して、過去の回想シーンで母親に抱きつくエリック少年と同じような気持ちでクリスティーヌに歩み寄る。
クリスティーヌの顔から笑みが消えていくのにしたがってゆるむその足取りがやりきれない。
クリスティーヌが去って、エリックの悲鳴が、長く切なく響く。
声の色が、慟哭から泣き声に移っていくのが、まるで絶望から悲しみに移っていっているようで、胸が潰れます。

最期、クリスティーヌの腕の中で、一緒に歌っていた。
私の観た中では珍しいバージョンでした。
クリスティーヌが何かを求めて差し出したエリックの手を握ってあげている。
ぐずる子を寝かしつけるような、慈愛に満ちた笑顔。
エリックが苦しい息の下で、クリスティーヌに顔を摺り寄せるような仕草をしていて…ううエリック…。
最期に見たもの感じたものが魂に焼きつくのなら、エリックはクリスティーヌのきれいな笑顔とやさしいぬくもりをいだいて死んでいったのだろうな。
大王のエリックを看取るのがあやねちゃんのクリスティーヌでよかったなあ…彼女の微笑みは本当に慈しみに満ちている(たとえ泣くのを我慢しすぎて口元がぶるぶる震えていても…それは美しい)。

エリックの水葬礼をみながら、エリックが天国にいけますように、と半ば本気で祈る。
だってエリックはひとをひとり殺しているから、天国にいけるか心配だったのです…。

そしてエピローグ。
エリックにとってクリスティーヌは“音楽の天使”だった。
そして、彼は死んでクリスティーヌの“音楽の天使”になった。
エピローグの鮮やかな逆転に、救われた気持ちになる。
だって天使がいるのは天国だもの、きっと天国に行けたね。
きっとクリスティーヌを見守りつつ、お母さんと一緒に天国で歌を歌っているに違いない。
よかったなあエリック。


………しつこいようですが、私はいつでも本気です。


フィナーレのラスト、みなさんが銀橋からはけるとき、そのかちゃんが2階にすかしたウインク。
あのすかしぶりがたまらん…月に行ってもその気概はなくさないでね…。

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2006年09月21日

諸悪の根源は君だ…花組ファントム

仕事を放り出して仕事先の人をパリオペラ座は夜公演へご招待。先方のたってのご希望だったもので。
お互いに首を絞めあう行為ですよ…ま、私は本望ですがね。
 

今日のエリックはとてもあたたかくて、ささやかな幸せをかみ締めているようでした。
いわゆる“幻想”に閉じこもっていて、だから彼がささやかな幸せを取り上げられて、幻想が少しずつこわされていく度に切なかった。
でも、キャリエールとのやりとりでは、エリックの言葉の端々に最初の時点からすでに愛憎がうっすらと滲んでいた。
その“憎”が何処にあるのかなあと思ってキャリエールをみていたのですが。

親父殿、7月5日に書いた印象とはまた違って見えた。
人間的なのは変わらないのですが………キャリエールって無神経、だよな…。

善人で小市民で、優しい。でも、無神経。
そして、その無神経さをかえりみることができない。
無意識に無神経な、残酷な男。
その無神経さが、自分も、他人も苦しめることになる。

キャリエール…彼の不幸は、生まれ持った無神経さかもしれないと思った。

ベラドーヴァが狂ってしまったのは、神が救わなかったからか。
自分がベラドーヴァを救えなかったのは自身が信仰する神のせいか。
全てを投げ打って、抱きしめるだけの強さと一途さを持っていない。

エリックに対しても、そう。
彼を理解して、受け入れようとするクリスティーヌに、エリックの顔を見なければ本当の彼を理解したことにはならないと言う。

クリスティーヌを救おうとした一心だったかもしれないけど、エリックの顔は、クリスティーヌが正視に耐える顔ではないことはキャリエールにはわかっていたはず。
独りだった彼をそのまま受け入れようとしているクリスティーヌに釘を刺し、彼女を煽るようなことを言うのか…。

そして、またエリックを見捨て“なければならない”と宣言する。
彼にはあの結末を迎える前に何度も違う選択肢があったはずなのに。

「お前は素晴らしい歌手になれたはずだよ」
このセリフのなかに残酷さと優しさが共存しているように響いたのは初めてでした。
彼はなりたいと思ってたんだよ、でも才能とは別の理由で、なれないんだよ…。
しかも、もとをただせばキャリエールのせいだ。

でも、彼はそのことに気付いていない。

気付いていないまま、どうにか彼の気持ちを少しでも安らかにしてあげようとしている。
どこか的がずれている。彼の人生そのものだよ…。
そしてそれは彼の無意識的無神経のせいだ。

今日のエリックにうっすら滲んだ“憎”は、そういう父を持った青年のやりきれない気持ちだったのかもしれない。

弱くて、卑怯で、汚いよ。
でも愛してるんだよなあ。ベラドーヴァを、エリックを心から愛してるんだよなあ。
自分の無神経さが全ての災いを招いているのに、災いを憎み、悲しみ、涙を流す。

そういうキャリエールがなんだか憐憫の思いすらわいてきます。

そして、彼は最後に追い詰められて、エリックを殺すことになる。
前はその場の雰囲気に飲まれるようにピストルを向けていたけれど、今日は力強く振り向いて強い意志でエリックに銃口を向けていた。
エリックを救うには全てを清算しなければならないと思っているかのように。

卑怯だ、汚い、無神経だ…そう思いながら私はこのキャリエールを嫌いになれない。
人間そのものなんだろうなあと思った。

そんな男の胸に飛び込んでいくエリックの顔がすごく複雑な泣き笑いなのは、エリックもキャリエールのことがよくわかってたんだろうなあと思って、また涙…。


これはキャリエールが悪いわけじゃないんだけど、過去を語るシーン…キャリエールの述懐の中に

“母子をオペラ座の地下に住まわせた”

というような一文が、なぜない…。
これがこの物語のそもそもの根底にある設定であり、要だろう。
オペラ座の地下にエリックが住んでいるのが前提になってるんだろうけど、それだけでは全く足りない(byフィリップ)
何処で顔を見たの?オペラ座の地下ですか?そこらの川ですか??
エリック少年が毎夜泣いているのはオペラ座の地下なのはわかりますが。

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2006年09月17日

郵便配達の鞄に潜み 何処へでも行ける…花組ファントム

 
早朝公演(私にとって)は辛いなあ…。11時公演のみ観劇。

ていうか起きたら10時を過ぎていて(またか)、慌てて家を出ました。
公演→仕事→お茶会。そんなフル活動の日は、何の心の準備もないまま始まってしまいました。
どうにか間に合って席に着いたとたんに始まりました。いつもギリギリ人生。

シャンドン伯爵の親衛隊の嬢たちはいつにもましてかわいい。
ソレリはきらりちゃんと仲が良くて、じゅりあたん、いちかたん、舞城さんが仲良し。
多分前者が歌手、後者がダンサー…かな?
ダンサーと歌手で派閥でもあるのか?
そしてきらりちゃんはどうしてリハーサルに出てないんだろう…普段着(?)のままですよね。
しかもリハーサルの時はお歌の先生に慰められているような仕草をしていたりして…どうしたんでしょう。
その割にタイターニアには出てる。
きらりちゃんはフィリップのおてつきじゃないのかなあ?フィリップにはあんまり興味ないみたいだし。
その割にバレーの先生にはとっても大切にされているようだ。
彼女は謎だなあ。でもタイターニアのシーンで「あそこにいるわ!」と叫んでから「わわわ」と後ずさって舞監氏に抱きとめられるのが最高です…!
ここではエリックが出てくるのも見なくちゃいけないし、クリスティーヌがうずくまってるのも見なくちゃいけないし、オーベロンが斜めになったりするのもみなくちゃいけないしでリハーサルシーンと同じくらい忙しいです。

なにはともあれ嬢たちがかわいいなあ。
シャンドン伯爵うらやましいなあ。だいたいフィリップなんてシャンパンで為した財産の“相続人”でしょ。
自分じゃビタ一文稼いでないくせにモテちゃってさー…。
私の溺愛する嬢たちをのきなみゾッコン(古)にさせているので、ジェラシーですよ。

今回は希望の歌を聴いているだけで泣けてきた。
今は地下にいるけど、これからきっといいことがあるに違いないって思っている。いつか幸せになれるということを信じて疑っていないんだもの…。リピーターの私は彼の末路を知りすぎるほど知っているだけに、胸がつぶれます。
エリックを“何処へでも行ける切手”にしてあげたい。
かつて、真っ白な包帯を顔中に巻いたまま部屋から出ることもできずに死んでいく少女を哀れに思った神様が、少女を切手にして何処へでもいけるようにしてあげた。
その切手は哀れな末路を辿るんだけど、もしエリックが切手になったら私はエリックの切手を貼って世界中に手紙を出すよ。
彼が行けなかった世界中に。もちろんクリスティーヌ宛てにも出すよ。
…と、うっかり思ってしまった。
どうにか幸せにしてあげたいんだよなあ、あのエリック…(もはや私情とも呼べない)。
たびたび引用していた『僕の歌を総て君にやる』もそうですが、あのバンドにはエリックな歌がおおい。
大人になれない男のやりきれなさを歌うからかもしれない。
さすが“子供じゃないんだ、赤ちゃんなんだ!”と声の限りに叫ぶだけあるな。

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2006年09月14日

善と悪とは神が決めた先入観だ…ファントム

 

今日は私の誕生日(いきなり直球)。
自分のために誕生日観劇!と思ってファントムのチケットを取ったのですが、仕事が…仕事がどーしても終わらなくて…先輩が代わりに行きました…。彼女、東京公演は初めてだと言って、ルンルンで出て行きました。
どうして自分の誕生日なのに、他人にプレゼントしてるんだろ……。

しかも終演後、彼女から
「ヤバい!今日はヤバいよ!全然違う…!なんですかあれ…油断した…号泣!号泣〜!!」

というメールが来て(原文ママ)…私もハンカチをかみ締めて泣きましたよ…(違う意味でな)。

なので、帰宅後、宙組ファントムのDVDを見て代償行為。
とにかくファントムに触れていたかったのです。

にんげんの関係性としてやはり宙版は納得がいかないところが多々あるのですが、わおわおのエリックはいいなあ〜。
胸がつぶれるような壮絶さがある。まさに中二病をこじらせている…。
改めて見ると、大王エリックと全然違いますね。

なんというか、愛の種類の違い、というか。


『愛』という漢字は、明治時代に輸入されたのだそうです。
それまでやおよろずに神が宿ると信じられていた日本には、キリスト教のような唯一神信仰における『神の愛』という概念がなかったのだそうです。
日本において、ひとがひとに抱く切ない気持ちは『恋』であり『色』であり『欲』であり『情』だった。
それは“エロス”といわれるもので、『無償の慈しみ』をあらわす言葉がなかった。
だから最初に日本にキリスト教を伝道しに来た宣教師達は困った――神の愛(アガペー)をどうやって伝えればいいのか。

一番近い言葉を捜した結果、生み出したのが“お大切”と言う言葉だった。
大切なだけじゃなくて、さらに丁寧語がついちゃう――お大切。


昔に読んだそんな話を思い出してしまいました。

そう、宙版にはエロス、花版にはアガペーである気がした。
どちらが優れているとか、どちらが素晴らしいとかではなく、ただ種類が違う。

宙組ファントムのエロスは、まさに一対一の男女の愛。
わおわおのエリックは、醜い自分にどうしようもないほどコンプレックスを抱いて、孤独。
地下で暮らせざるを得ない、卑屈さがある(それが、ものすごい痛々しい肌触りでたまらん)。
地下に幽閉されているようなイメージ。
教養もある(森を造るっていう拙い手を使いそうには見えなかった…だから宙版を観た時は、本当に地下に森があるのかと思っていた)。地下を出ても、闇から闇へと生きて行けそうなたくましさすらある。
人間くさくて、ものすごい不安定で、その揺れがわおわおのエリックそのものなのかもしれない。
そして、揺れゆえにクリスティーヌを求め、苦悩し、それでも愛する。
カルロッタ殺害だって、愛ゆえだ。
狂気的な愛は、悪をも飲み込んでしまう。
で、残るのは愛なの。
改めて観て思った――まるっきり二人の世界だった。
わおわおのエリックはただ一途にクリスティーヌを愛し、クリスティーヌもエリックを愛していた。
父と母の物語は、添え物でしかなかったから、当時観た時に銀橋のシーンがとってつけたような印象があったのはそのせいかもしれない。
負の感情を前面に押し出す思春期おわりかけみたいなエリックは、ものすごい身近で、私たちの中に在るもの。
穢れている(というのは言い方は悪いけど、普通の人間と近い喜怒哀楽を持っている)から、私たちの身近にいて、だから彼の気持ちがとてもわかるし、人間くさい。
だから胸に響くんだと思う。

花組ファントムにはエロスではなく、無償の慈しみが漂っている。
幻想に閉じこもって、死んだ母親の面影に寄り添って生きていた純潔。世間から隔離されているから、世間にすれてない。
純粋培養されている。
地下は、彼を護るシェルターのようなイメージ。
大王のエリックはつるんとしていて無色透明だもの。
私がエリックに感情移入しきれないのは、多分私が穢れを纏っているからだと思う。
穢れている、というと御幣があるかもしれない。
いろいろな色がついて、いろいろな事象が刻まれているというか。
私にだってエリックみたいな心持ちだった時がきっとあるはずなんだけど、まる28年生きてきていろいろなことを知って、いろいろなことを考えて、無色透明だった時のことをもう感覚としてすら思い出すことができないから。
だから、穢れをまとったキャリエールに思う存分感情移入して、エリックを愛するのです。
エリックはカルロッタを殺害して、そのあと直ぐに、クリスティーヌに優しく微笑む。
それは狂気でも、悪でもなく、ただ純粋の前に善悪が無意味化しているだけ。

善と悪とは神が決めた先入観だ――サロメの一節だったかな(ちがうかも…何だろ)、それを思い出します。

神の先入観すらも寄せ付けないエリック。
ある意味人間的じゃない。でも、その純粋さは間違いなく人間の根本であり、起源である。

ほんと、驚くほど違った。
この作品ほど役者のニンの違いを楽しめたものはないなあと思う。

どちらが好きか、どちらも好きか。
そのひとそれぞれの生きてきた道や触れ合ってきた人や感じたことによるんだろうな。
同じ柑橘類だけどネーブルとグレープフルーツくらい違う。
どっちが好きかは好みの問題。両方観られて良かったなあと思った。

そして、私はこういうエリックの造形を選択し、それを為しえた大王を好きでよかったなあと思った。
で、大王のエリックが心にずしんと来る自分に、ちょっとほっとしてしまったりもする…そんな29歳初夜、自分の穢れをちょっと愛しく思う……。

日曜日まで会えないなんて…エリック……。

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2006年09月12日

愛され属性存分に発揮…花組ファントム

 

夜公演に行きました。帰らない!会社には帰らないよ〜。
故意にケイタイを会社に置いてきました。
ほぼ天上桟敷で見たせいか、ずいぶん音が遠かった気がします。
あんなにみんなのざわめきが聞こえるものだとは…1階で見たときは気付かなかった。
しかしオーケストラが…特にラッパ系がはずしたり音が出なかったり…。
ラッパは毎週水曜日に掃除をするから火曜日の夜公演は絶不調だとも?
とはいえ、始まっちゃえばのめりこんでしまう業の深さよ。

荒野の歌が…とにかく凄かったです。また違った肌ざわりの…おおまかなカテゴリに分けるとどうなるんだろう…
なんか、クリスティーヌが逃げてしまったことに深く深く傷ついて、こころが戻るべき幻想すらなくしてしまっていた。だから愛してくれたお母さんのことを思い出しても、どうしても哀しくてやりきれない…そんなエリックでした。
ラストでクリスティーヌを呼び、遠くを見て、涙をボロボロこぼしていた。
きっと、部屋に戻ってからも、独りで悄然と涙を流しているに違いない…。
従者も声をかけあぐねてオロオロしているさまが目に浮かぶようだよ。
エリックは何も言わずにそのまま上に行ってしまうから、従者達は地下で何も出来ないまま肩を寄せ合って地下で息を潜めていて。うえで銃声が聞こえるたびに、従者達もエリックの安否を案じては気が気じゃなかっただろうな。
エリックが死んで初めて従者達が姿を現す。
地下での水葬礼。エリックは、キャリエールでもなく、クリスティーヌでもなく、もちろん警察でもなく、ほかでもない従者によって葬られる。
彼らのエリックへの最期の敬愛をここで見ることになる。
従者が人間として成立しているからこその、深みだなと思う。

銀橋のパパとの会話で、今日は「もう少しましだったらなあ」って言われて、エリックったら泣き笑い。
臆病だから本当のことが言えなかったキャリエールが冗談交じりに言う。その言い方がね、エリックにそんな小さなことどうだっていいよ、って言ってあげてるみたいな優しさがある。
顔の話は、互いにタブーになっていた話題だったんだと思う。
キャリエールが冗談めかして言ったそのひとことが、そしてそれを聞いて笑ったエリックの笑顔が、エリックのコンプレックスも、クリスティーヌに顔を見て逃げられた心の傷も、キャリエールの抱えてきた罪の意識も、総てが霧散していく。
エリックの昇天が始まる瞬間を観た気がした。

エリックは死ぬ時、クリスティーヌの腕の中で、もう目が見えないのか、両手でクリスティーヌの手を一生懸命探していました〜…うう…。
その手をクリスティーヌが優しく包み込んであげて、そして絶命したエリックの頬を、その手で撫でてあげていた。
クリスティーヌがエリックを愛しいと思っているその気持ちにシンクロして、私もエリックがどーしようもなく愛しい〜…(病)。

大王のエリックって、知らない人には恐れられながらも、両親、クリスティーヌ、従者たちなど、ひとたびエリックとふれあった人はエリックを愛してしまう…そういうエリックですよね。
愛されエリック。
以前、大王は愛され属性だって書きましたが、今回はその属性がいかんなく発揮されている。
まぎれもなく大王ならではのエリックなんだなあとしみじみ思いました。

そしておまけの見所、リハーサル。
観てるこっちまで楽しくなるような、エリックのささやかな楽しみシーン。
ていうか、最近楽しみすぎですよ〜かわいこちゃんにおさわりも。
きほさまだけでなく、なんかじゅりあ嬢のアレな所も触ってましたよ〜。
う、うらやまし…いやちがう…なんといいますか…うーん。
さわる大王、さわられる嬢……いいなあ…。

ラストではすっごく満足そうに、胸を押さえてはあ〜って堪能の表情。
なんか本当にいたずらっ子だなあ。
罪のないいたずらだよなあ。
……ああなんか切なくなってきた。

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2006年09月07日

私の愛しい子よ…花組ファントム

 

ええっと、今日は会議の開始時間を無理矢理1時間はやめてもらい、パリオペラ座に。
だって13時半公演のチケットとってから会議の日程がきまったんだもん…。
11時に全員集合なんて3年に1回くらいじゃないかしら(夜型の会社なもので)。
みんな早起きしてくれてありがとう…私も眉毛すら書かないでどうにか出社しましたよ…

荒野の歌が、やはり素晴らしかったと思いました。
今日は、森にクリスティーヌを連れてきた時になんだかものすごい甘酸っぱかった。
初めてのデートでなんだか間が持たなくてでもそんな時も幸せでしかたがない、というエリックでした。

クリスティーヌの真実の愛を聞いているうちに、幻想と現実が混ざり合って彼の中でひとつになったみたいでした。
幻想とは、すなわち理想――彼を護る幸せな事象。
最初は多くは望んでいなかった。ただひとときを共有しているだけで幸せだったんだと思う。
でも、クリスティーヌは彼の幻想に食い込んでこようとした。
仮面を取って、と言われて、エリックは最初それを拒否する。
やっぱり、怖かったんだと思う。信じ切れなかったんだろうと思う。
仮面は、彼の幻想そのものだったのかもしれない。醜い顔も哀しい過去も総て仮面に封じ込めていたから。
でもクリスティーヌの真実の愛を聞いているうちに、彼女なら大丈夫だって思ってしまったのだろう。
幻想が現実を飲み込む形で、エリックはクリスティーヌを彼の幻想に、仮面の下にあるものに招こうとした。

今日はクリスティーヌの歌を聴いて、疑う心もなくなって、ただ泣くほど幸せで、嬉しくて、ためらわずに、ゆっくりと仮面を取っていた。
でもクリスティーヌが後ずさるのを見て、まさかクリスティーヌがまさかそんな顔をするとは思わなかったから、驚いて思わず歩み寄ったんだろうな。
クリスティーヌが走っていってしまったのを見て呆然としながら、追いかけても詮無いことを知って、立ち止まり、まわりを見回して独り。

そして、悲鳴。
瓦礫と化した森の残骸の中、母親のぬくもりに思いを馳せているエリックが、不憫でなりません。

そしてその時のエリックの姿は、のちに“あの人は…私を信じてくれた”というクリスティーヌの言葉にリンクしている。
幸せを目の前にドキドキして仮面を外したあのエリックを思い出すのです…。

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2006年09月04日

オペラ座は呪われてなんかいない…花組ファントム

 

今日は某女史をお連れしました。ファントムって接待に最適。
ベルばらでタカラヅカ初体験をした彼女、待ちに待ったファントムです(待ちに待ったのは私ですがね)。

とはいえ、幕が開いてしまえばほったらかしです。
今回のテーマはオペラ座とエリック…(テーマって…)。

なにしろリハーサルシーンが無邪気でかわいい〜…
みわっちに「ふーんだ」って言ってとん、と突き飛ばす〜。
手をぶんぶん振って大げさに行進して再登場〜(初めて観た…)。
か、かわいい…でもかわいければかわいいほど“すばらしい歌手になれたはず”の彼が、いたずらでしか関われないなんてなんだか切なくもなったりして…。
みんなが倒れた後に、「むふ」っていう凄い満足そうな顔で帰ろうとして、熟女パワー全開で誘うカルロッタを見てげんなり。
あんなに楽しそうなのに、団員達とは没交渉なのがなんだかさらに切ない。
呪われている、たたられている――この団員達の声がエリックに届いていませんように。

最期に警官と撃ちあう時も、いちかちゃんにピストルは向けようとして撃たなかった。
ぼくの総てだ、というオペラ座の団員だから、きっとエリックにとっては宝物なんだろう。

クローゼットに隠れてから、外に出てきて銀橋に行く前、エリックが立ち止まりました。
それでじーっとキャリエールの顔を見てるの。キャリエールが「…?」って不思議そうな顔をして覗き込むと、エリックがキャリエールの腕の中から出て行って「お前も見たいんだろ、僕の顔」と呟く…。
目元を見てたんだろうな、と思いました。
大劇の時、クローゼットで隠れている時に、エリックが外を気にしているキャリエールの顔を盗み見ていたことがありました(ごくまれに)。
最近はただ痛みに耐えていることが多く、そういう姿は久しく見られなかったのですが、今回はちがうところで復活…健気さ倍増でした。
女史も眼鏡が濡れるほど泣いていました。

終演後、色々感想を聞いてみました。
タカラヅカを初めて観たひとの、ファントムにおける三大ツッコミポイント

オーベロン。母子画。フィナーレ。

私の中の下馬評どおりでしたが。
オーベロンの衣装は、やっぱり変か…いや見慣れたらなかなか妖精王っぽいんですよ?
母子画は……シュールな演出なのかと思ったらしいです…そんなアングラな劇団じゃないはずです……たぶん。

そしてフィナーレは「息子が死んだのにヒゲ剃って若返ってましたね!パパってちょっと薄情者?」って言ってました。あやぶきまおたんの面子にかけて「アレぱパパじゃなくて歌う紳士Aです」と言っておきました。
何も知らない人が見たらそう思うよね…
何も違和感を持たなかったので、私もいつの間にかタカラヅカの約束事が身に染みていたのだと思って嬉しかった。
もう外様じゃない。

あと、羽にビビってました。
ベルばらには羽がないもんね。通常公演も是非観ていただきたい。

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2006年09月03日

お前の声なら この先 いつまでも歌えるだろう…花組ファントム&花組芝居

大好きだよ君が 初めて言うが
ぼくの歌を総て君にやるよ


エリックー!(今日も錯乱)

今日は午前公演を観ました。10:45に会場前でお友達と待ち合わせしたのですが、起きたら10時で、肝が冷えました。間に合ったけど。

まとぶんの色紙をいただきました。
…飾ってあります。後ろ髪を描きたいくらいだよ…。

ビストロのシーンでは総出演の嬢たちや、無表情でコーラスを入れる従者達に夢中になってるんですけど、今日はキャリエールに注目してみました。ものすごい色合いのコートはすぐに脱ぐので正解ですよ、パパ…。
コンテストが始まり、クリスティーヌの歌声を聞いて、キャリエールの顔が驚きから懐かしさへ、そしてあたたかい切なさに変わっていく。
興奮して、フィリップとキャリエールにベラドーヴァのことを一生懸命話すけど、何がなにやらわからずキョトンとしているふたりを見て我に返るちょっと恥ずかしそうなキャリーエル。
キャリエールはベラドーヴァを愛していて、きっと同じくらいエリックを愛していたんだと伝わってくる。
だからこそ、その愛に応えられなかったこと、それによって愛するひとが狂い、薬によって愛しいはずの息子がふためと観られない顔に生まれた…。そしてそのふたりをずっとオペラ座の地下にかくまっていた。
このひと、ずっと自分に罰を科していたんだろうと思う。そして、罰を償うことが、彼の生きがいだったんだと思う。
最期に、エリックに総て赦される。
そして彼を撃ち、彼を失って罪は清算され、同時に生きがいを失う。
思えばかわいそうな人だ。
あやぶきまおたん演じるキャリエールの背中には常に背負ってきた罪と罰の年月がまとわりついていて、このひともしっかり伏線を落としていく人なんだと、今回しみじみ思った。
大王に最適な助演者なのになあ…寂しいよお…(急に組替えのことを思い出してしまった)。

今日は銀橋で、ずっとキャリエールのほうを向かないでキャリエールの言葉に耳を傾けるエリック。
キャリエールが“私の愛しい息子だ”って言った瞬間、ものすごい勢いで振り向いて、衝動的にキャリエールの胸に飛び込んでました。
そしてキャリエールがまた体ごと飛び込んできたエリックをしっかり抱きとめてあやすように揺すってたんですよ…。
エリックはぎゅうっとしがみついてて、そのまま声を上げて泣いてしまいそうだった(そして私も声をあげて泣きそうになった)。

そして、地下に戻る途中に警官に見つかり、クリスティーヌの姿を見た時、一瞬ためらってから“離して!”。
それこそ後先考えていないエリックにただ泣けてくる。

………なんか、涙がどぼって出ました。

今日ほど“ここにいたぞー”という警官が憎かったことはない。ほんとあの警官、空気読めない…。
キャリエールに撃たれてからのクリスティーヌが、とにかくエリックを包み込んで最期に笑顔を見せてあげようって、一生懸命微笑んでいて、エリックが聞きたがった歌を歌ってあげる。
愛のために歌ったクリスティーヌの、その歌声を聴いて、死にかけのエリックは嬉しそうに微笑むんだろうな。

今日も、素晴らしかった…
 
涙も乾かぬうちから博品館へ移動、お誘いをいただいて花組芝居を見てきました。
その話はまたのちに。
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2006年09月01日

私は愛の難破船…花組ファントム

今日は1階だけどA席だったので、かねてから一度やってみたかったことをやることにしました。
大王の歌声を、目を閉じて聞いてみる。

私はとっても不器用なので、ふたつのことを同時にできません。
だから観劇中の手拍子とかもほぼ無理…。
なので、常々大王のご尊顔にうっとりしているため、大王の歌声を本当に堪能しているのか、自分でも自信がなかったのです。
しかしほぼ不可能に近いよ…あの美しいお顔を前に目を閉じるなんて…。
でもなけなしの勇気を振りしぼってめをぎゅうっと閉じました(第一部だけね…二部はさすがに誘惑に勝てなかった)。

ええっと、海でした。

春野寿美礼というひとの歌声の海で難破しかけました…。
深い深い声…深海で魂を直接鷲掴まれて沈んでいくような…体の芯まで痺れました。
沈む…沈んでいきます…バミューダよ、遥かアトランティスよ…。
凄いなあ…意味のない歌詞にも音として意味を持たせてしまう。ドレミファソファレファミも巨匠の遺した名詩の如き響き…

あやねちゃんの声は優しくてふくよかですね。包み込まれました。
あとはところどころ音程を頑張って欲しい…。
きほさまの声、華やかで本当に透き通っていて、その透明性は攻撃性に通じるような気がする。
まさに大輪の薔薇のような。棘だらけ。
自信のない音域があるみたいで、そこに来るととてもおぼつかなくて、それがとっても色っぽい。
でも、私個人としてはきほさまにはその音域を克服していただき、彼女が早くキッツイ女の役をやるのが見てみたい!
イヴェットみたいに強がっている役じゃなくて、どこまでも強いおんなを切望。

大王の歌には、伏線を引く力があるなあと思う。
言葉の印象が強く残って、他の歌を聴いているときに、前の歌のフラッシュバックがあることがある。
銀橋のところで「かあさん…」ってエリックが呟いた時、荒野の歌のエリックの様子が目に浮かんだ…。
ところどころでそういう瞬間があるから、物語が厚みを増すのかもしれない。

今日の感激ポイント。
銀橋のところで「僕の母さんのこと知ってたとか?――愛していたとか?」
愛していたとか?がね、囁くみたいにおそるおそる言っていて、キャリエールの返答を聞いて、泣き笑いみたいになってかすかに顔を横に振ってから、水面を覗き込んでいた時のことを話しだす。
ここでもう、自分の父親だって確信していた。
穏やかに言葉を与え合うこのシーン、圧巻です。

死に際、クリスティーヌの歌を聴いている時のエリック、目尻からするすると涙。
死ぬのが哀しいとかじゃなくて、死ぬ時にクリスティーヌの腕の中にいるという安心感のような、じんわりと幸せな涙。
死という大きなできこと自体が無力化されていた。
だからますます、此岸に残される人々は悲しくてやりきれないのかもしれない。

そして、ここでフラッシュバックするのが希望の歌なんです。
エリックが“生きる遥かな道”の、終着点が、ここか。
それは死というよりも、クリスティーヌの腕の中だったのかもしれない。
短い生涯だったかもしれないけど、彼はきちんと終着点までたどり着いた。

今は、ただ安らかに、と思う。
そして彼の魂が歩む“遥かな道”が、音楽によって明るく照らされていますように、と祈ります。

なんといいますか、私毎回本気なんですよー…
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2006年08月31日

人の一生において喜びの数は平等なんだろうか…花組ファントム

 
エリック…エリック…うううー…。

………いきなり錯乱気味で申し訳ありません…。
何しろ、13時半公演は思わずそう考えずにはいられないような、ささやかな幸せを大切にかみしめているエリックだったもので、つい…


一番心に響いたのは“彼女は僕を愛してると思ったんだ”という呟き。
なんて無防備に呟くんだろう。
後悔でもなく、落胆でもなく、ましてや自分への嘲笑でもなく。
その“勘違い”していた時間を、そしてクリスティーヌが自分の顔を見て逃げた瞬間すら、いとおしむようでもあった。
過去を呟かせたら大王は他の追随を許さない…。

今日は、警官に撃たれた時から徐々に、此岸から乖離して浄化しかかっているエリックでした…。
撃たれてから、死ぬまでの間、ふとした瞬間に、ふう、と息をついていて、そのたびにエリックの体から少しずつ魂が剥離していっているみたいで切ない。
なんていうか、死ぬというよりもこのまま透き通って消えてしまいそうでした。
白いもやに包まれてるように見えたんですよ…それは私のコンタクトが涙で曇ったせいではあるまい(多分)。

エリックの遺体を乗せた船が流れていく。
船の上に横たわるエリックの遺体を見ていると“結局はよかったんだよな、僕がこの世に生を受けたのは”というエリックの言葉を思い出す。
いつか幸せになりたい、クリスティーヌの歌があれば幸せだって言っていたエリックは、クリスティーヌの歌声に包まれて死んでいった。
幸せな最期だっただろう。
でも、幸せだったかもしれないけど、最期なんだ…。

エリックの手を組むクリスティーヌの背中からは、とめどない慈しみ――天国に行けますように、そこで幸せに暮らせますように。
そして、キャリエールの背中から、ありったけの愛と謝罪、そして願い――今度生まれてくる時は、幸せになれますように。

安らかな顔のエリックの遺体が、そのふたりに送られて遠ざかっていく。
私がもし神様だったら…長生きさせて、すっごく幸せにしてあげるのに…(そうでない上に、わけがわからない)


……なんか、ファントムが始まってからの私、冷静じゃないですよね(まあ冷静だったことなんてほぼないんですけど)。

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2006年08月29日

火曜日の夜のふしぎ…花組ファントム

 
今日も焼肉の日だった〜…(焼肉の日とは…7月28日の日記参照)。

ということで、とりあえずパソコンを落として会社を出て日比谷へ。
ギリギリでたどり着く…すわった瞬間に始まりました。

今日のエリック、とても素敵(いつもだけど)。
森に連れてきたクリスティーヌに素顔を見せてと言われ、エリックは動揺して「クリスティーヌ、君と過ごすこの時間は僕にとって…」と言った後、黙りこくってなんだか切なそうに笑って首を横に振り、「…大切な時間なんだ」。
「天上の喜びを得たひとときなんだ」が、出なかったんですね。でもあの“泣きそうだけど笑おうとしているような”間がグっときました。
エリック、素顔が見たいと言ったクリスティーヌに動揺しすぎて言葉がでなくなっちゃったんですねえ。

真実の愛、荒野の歌…と、ふたりとも本当に素晴らしい。
荒野の歌の、切ないくらいの母への追憶。
母と暮らしたひと時もまた、エリックにとっては天上の喜びだったんだろうなあと思い至る。そういう温かい笑顔だった。
そして、純粋な追憶から、クリスティーヌへの呼びかけは切なく。
希望の歌もそうでしたが、一曲一曲のドラマ性がものすごい…。

父子の銀橋シーン。
母さんのこと、知ってたとか?…愛していたとか?――エリックのあの幼い誘導尋問に、キャリエールがありったけの誠意で答えているのがまたいい。
宙版はもう少したくさんしゃべってたような記憶があるのですが、今回は行間たっぷり、切れ切れの言葉の応酬。その行間にふたりの感情の機微がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。それによって作品そのものには描かれていないキャリエールとエリックの今までの軌跡を想像させるに余りある…

東京に来てからエリックは銀橋でパパの腕に走りこんでますね…たまらん…
フィナーレ、もういい笑顔連発でした。うはー。


観劇後、打ち合わせで高円寺へ。
相手先が“今日は29日、ニクの日なんですよ〜だから焼肉食べたい”に、納得。
本当にニクの日だったんか…
しかし22時半から焼肉なんて…

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2006年08月28日

おれのトキメキがやっと起きた…花組ファントム

セリフはアパルトマンシネマだけど。
そう、いきなりファントムを観て破裂しちゃったら大変なので、アパルトマンシネマのDVDで大王を免疫注射をしていたものですから。
 

待ちに待ったファントムっ!長かった…そして待った甲斐があった〜!!
幕が開いた瞬間、大王が歌い始める。「僕の叫びを」の「ぼ」を聞いただけで鳥肌…東京宝塚劇場は音響がよいのかスタッフがよいのか、音の耳ざわりが全然違ってびっくりした…。
今から考えると大劇って随分こもって聴こえる気がします。

期待した変更はありませんでしたが、芝居自体の雰囲気も大劇の千秋楽からずいぶん変わっている気がしました。

まず希望の歌の雰囲気が違っていた。
大劇では全編に希望が満ち溢れていたのに、今回は歌の前半に満ちるのは絶望、失望。そして後半ではそれが徐々に希望に変わっていく。その気持ちの移り変わりが声のトーンだけでしっかり伝わって来て、もう震えました。
単語ひとつひとつに各々の在るべき意味が宿っていた…歌が上手い、声がいいだけじゃないんだと思った。ほんとに底知れないひとだ…。
何よりも父子の銀橋が私の元には違う印象で届いた。大劇の時は涙、涙だったのに、今日観た時は、やっと言ってくれたという喜びと、やっと言えたという喜びがぶつかっているようだった。
だから、警官に捕まった後、早く撃ってくれと言ったエリックの笑顔に、言われたキャリエールの背中に胸がいっぱいになりました。

フィリップを殺そうとした瞬間にクリスティーヌの制止に止まったエリック、哀しそうな、切なそうな顔で首を緩く振ってナイフを放り出していました。それが、ビストロの夜にフィリップとクリスティーヌの後ろ姿を見送った時の顔と重なる。
でもあのまま殺すこともできたはずなのに、クリスティーヌの頼みは断れないんだね。

ナイフを捨てる時のエリックは、クリスティーヌが自分よりフィリップを選んだと“誤解”しているようにも見えて、なんかとっても救いがない気持ちになったのですが、クリスティーヌの腕の中で死んでいくエリックは安らかで、“誤解”がきちんと解けていて、見ている私も救われました。
そして、エリックはキャリエールに撃たれた後、クリスティーヌに抱きとめられた時は痛みに顔を歪めているのに、クリスティーヌの歌を聞いてるうちに眉間が安らかにひらいていって、最期は穏やかに息を引き取りました。

久しぶりに大王の死体を見て、また動揺してしまい、どうやら色々見過ごしたようだ…。
クリスティーヌは船のそばに行ってましたか?エリックが息を引き取ったのを見てしばらく放心していて、気付いたらクリスティーヌが銀橋を渡っていたもので…。
クリスティーヌの青い衣装のスカートに、大きな涙のしみがあったのは妙に鮮明に覚えています。エリックへのクリスティーヌのこころのかたちを、偶然見つけてしまった気分。
明日も観るので、もう少し冷静に見たい…。

気付いた変更点…といえば、リハーサルの後、地下レッスンに入る前の前奏が長くなっていて、小走りエリックじゃなくなってました。クリスティーヌとのコミュニケーションが取れるようになってるし、こちらも安心してみていられる。
あと、ビストロのシーンで外にいるエリック、台(?)から降りる時に従者に姫然として手を差し伸べ、エスコートを要求。従者もうやうやしく手を取る…。
どうでもいい変更でしたが萌えました。

フィナーレ…後ろ髪が長くて、そいつが時々ぴよーんとはねてて、ちょっと……かわいい〜…。

今日は記者招待。記者がたくさん。演出家もプロデューサーも来ていましたね。
某男性記者が某演出家に大王の声を評して“心の襞という襞をかきわけて奥までするする入り込んでくる声だ”と言っていたのを小耳に挟んで、私はその見ず知らずの好々爺を抱きしめたかった。
わ、わかってらっしゃる。。。
そして矛盾に目をつぶった(もしくは気付きもしなかった)某演出家の眼鏡を奪って踏んづけてやりたかったです(なんとなく)。

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2006年08月20日

もういくつねると…花組ファントム

 

もうすぐ初日ですね!
大王はどんなエリックになって東京に舞い降りるのかしら。
でも、初日には今のところ行けるあてがないファントム難民です。
社内にもファントム難民が溢れかえっています。本当にチケットが取れません…。
いちにちいちファントムしたかったのに…このままだったら…10回くらいしか観られないかも…いやだあ…。

公演が始まってしまえばもうどっぷりつかってしまうので、ちょっと気になるところを冷静に(普段比で)記しておこうと思います。


■今更ですがセット考
キャリエールの回想シーン、マリア様お救いください、と歌っている割にはマリアの姿がどこにもない、カトリックっぽくないステンドグラス風のセットも気になれば、岡本太郎先生もびっくりな母子像も気になります。
まあいろいろ大人の理由があるのかもしれませんがねえ…

■演出考
今回、エリックはブケーを殺さない。
それが、話に妙な厚みと歪みをもたらしているような気がします。

通常の精神状態では人を殺すことはないひとりのオトコノコを書きたかったのは、わかった。そして、それが大王のエリックにきちんとはまっているのもいいなあと思う。
ブケーがエリックの素顔を見て、驚いて死んでしまったのは、やはりその後の彼のコンプレックスなり心の傷なりを深くするわけで、それはそのままクリスティーヌに顔を見せてといわれて煩悶する心理の伏線となる。
エリックガクリスティーヌの『真実の愛』を聞きながら煩悶するのは、全てブケーという忌まわしい前例があったから。

でも、あまりに中途半端な手の入れ方で、話に厚みが加わったのと同時に、歪みも生じている。

だって肩を叩いて“顔を見せる”のは、どう考えても変だと思うのです。
エリックは8歳の時に自分の顔が醜いことを知って泣き明かしているわけですから。
せめて、ばったり会っちゃって、とか、ブケーがエリックの仮面を剥ぐ(これは個人的にやだけど)、とかだったらまだ納得いくのに。

『それに僕の顔を見たんだ』←だからブケーが死んだ

ってことになりますが、これは初演の時にどうしてブケーを殺したのか、と聞かれて答えたセリフだったと思う。
今回は仮面をつけない状態で肩を叩いて覗き込んでいるんだからなあ…

また、顔を見て逃げ帰ったクリスティーヌを指して、キャリエールが「この子を早く避難させろ」みたいなことを言いますが、これも初演のまま。エリックの顔を見た人間を、彼は生かしておかないという大前提のもとのセリフだろう。
ブケー自爆になった今回は、もう少し工夫すべきだ。

あっちを立てればこっちが立たず…なのか。丁寧にキャラクターに沿って直していけば自ずと矛盾はなくなると思うですが。
私みたいなしろうとでもわかるような中途半端な手の入れ方をしないで欲しい。

母子像もステンドグラスも宙版の流用ですから今更もう諦めの境地ですが、演出の変更だけで済むならは金がかからないだろう。
かかるのは労力だけだ。
これって、演出家の先生の思考力と作品への愛が問われると思うんですよねー…。
ああ東京が楽しみだっ♪

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2006年08月07日

時にはスナフキンように…花組ファントム


3泊4日ファントム独り旅から生還しました。
いやあ、4日間ファントムに浸りきったわけですが、私ほんとうにひとりだったので4日間もうほとんど口をきくことがありませんでした…
コンビにで買い物する時にちょっとしゃべるだけ…。
寂しいものですね……ムーミンたちが冬眠している間のスナフキンてこんな気持ちか?
私もハーモニカかなんか持ってけばよかったかしら。

某所でケイタイから感想をライブで更新していたのですが、何しろ1000字という字数に阻まれ、箇条書きの備忘録状態だったので(私まとめ能力が皆無なもので)、こちらで字数を気にせず感動を吐露したいと思います。
とにかく、今回は千秋楽から4日にさかのぼって行きたいと思います。

千秋楽のエリックは、自らの“幻想”に閉じこもろうとしていたように見えました。
その幻想の先には、幸福があると信じて疑っていない無垢なエリック…

希望の歌(と、where in the worldを命名…打つの大変だから) のくだりが、夢見がちなエリックと意外に現実を直視している従者&キャリエールの温度差が際立っていて秀逸でした。
希望の歌に入る前のエリックの独白を聞いて、後ろにいたみつる従者が「俺じゃ駄目!?」(推定)って風情で、エリックに駆け寄ろうとしていました。
でも、幸せな幻想に閉じこもったエリックにどうすることもできずに背中を向ける。
エリックの幻想には、生きた人間が誰もいなかったのかもしれません。
クリスティーヌの声を聞いて初めて、生身の人間を自分の幻想に招くことにする(それが哀しい出来事へとつながるわけですが)。
そんなわけで、一方のエリックは、いつか幸せになれることを疑ってない無垢な笑顔。
そして、その心情がそのまま、クリスティーヌのレッスンのシーンにリンクしている。ひばりのようにひばりの響き渡る天使の声に触れたんだもんね、そりゃ嬉しいに違いない。
とにかくニコニコエリック。
クリスティーヌの手を取って銀橋を渡るエリックは本当にウキウキしていた。恋愛の第一段階だよね、あのウキウキは。
切ない…。

でも、やがてクリスティーヌは幻想の世界の異物として機能しはじめる。
幻想に突如持ち込まれた現実。
暗い地下以外行き場がないことを忘れがちな(というか、その現実を見ないようにしている)エリックが、クリスティーヌに逃げられたことによって、動かしがたい現実を突きつけられてしまう――素顔を見せて、と。
仮面を取ってクリスティーヌに去られたエリック、たった独りで母を回想しているうちに懐かしそうな、愛しそうな笑顔を浮かべていました。クリスティーヌを素顔を愛してくれた母の思い出に寄り添わせて現実逃避しているような、痛々しさがあった…。
そしてクリスティーヌが逃げてしまったことをどうこう思うよりも、ただ純粋にクリスティーヌを求めていたように思いました。
歌詞の中に出てくる「クリスティーヌ」が、全部違うニュアンスだったのに圧倒されました。

撃たれてからのキャリエールとの会話が、また胸が痛い。
クリスティーヌに会ったことでようやくわかったはずの「生まれて来た意味」は、当のクリスティーヌによって否定されてしまった。でも
「それにクリスティーヌの声も聞けた」と、エリックが泣き笑いみたいに口許を緩める度に、自分の中で壊れかけた“生きる意味”を、どうにか納得しようとしているようだった…。
クリスティーヌが去った今、エリックにはもう音楽しかない。だから、キャリエールとの絆は音楽で固く結ばれていたというのは彼にとって救いになったかな。

鎖にがんじがらめになってキャリエールに撃ってくれと促すエリックは、銀橋で父の胸に飛び込んだ時と同じ顔で同じように腕を差し延べていた。
キャリエールに撃たれたところがほぼ致命傷だったみたいで、クリスティーヌに抱きとめられた時点で殆ど死んでいました。
だから顔にキスしてもらって幸せを実感して安らかに息を引き取るというよりも、言葉も意思もなくしてただゆっくりと、穏やかに死んでいったように見えました…しかもまるで映画のように息を引き取ったエリックの目尻から涙がひとすじ。
遺された方からしたら、後者が断然辛かろう…
最後にものすごいものを見てしまった。

容赦ないな、大王…。

というわけで、ものすごい繊細な舞台だったのですが、全くもって私は言葉を多く持たないのでうまく表現できないのがもどかしい…

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2006年08月06日

今更の発見もあったりした…花組ファントム


午前中公演は貸切だったので15時公演だけ観ました。
チェックアウト12時ギリギリまで粘ってスカイステージを観る私…だって11時から大王をはじめ、花っ子たちの座談会(?)だったから!
大王はうっとりするほど天然だった〜…。
考えて発言するあやぶきまおたんと、感じて(もしくはひらめいて)発言する大王の対比が面白かった…。
あやねちゃんの喋り方はまだなんか一人だけ遠い(声が小さい)けど(そしてどんどん語尾が小さくなっていくけど)、話題の振り方が絶妙だった。もうちょっと知りたいと思っていた話題の枝葉をうまく導くような発言がいくつかありました。司会進行をするはずのひとが自由すぎる割に座談会と言う船が難破しないのは、あやねちゃんが小さな声でうまく話題を波に乗せているからかもしれません。
とにかく大王は自由すぎて、なんつーかかわいかった〜(男役の、しかもトップスターに向かってふさわしい賛辞かどうかはわからないけど、だってかわいかった…)。

そして15時公演。
私は常々キャリエールはどの時点でエリックとクリスティーヌの関係を知ったのかと不思議に思っていました。
今回観て、ようやくタイターニアの時だったのだとわかりました(遅)。
タイターニアの舞台に乱入した末、舞台をめちゃくちゃにしたエリックを、キャリエールは逃がそうとする。
その時、クリスティーヌの手を引いて行ったことに愕然とする。ビストロでクリスティーヌの歌を聞いていたキャリエールは、この時全てを悟ったのか(いつもマダムがたらいで旦那の頭をゴツンとやってるのに気を取られていて見てなかった…)。
ビストロでクリスティーヌの声を聞いた時、キャリエールは本当に驚き、懐かしそうな、切なそうな顔をする。
それはすぐ後に興奮に任せてベラドーヴァのことをフィリップとクリスティーヌに話している姿が、ベラドーヴァの先にエリックの存在があるような気がした。

クリスティーヌの声を聞いているエリックは、年相応の苦悩する青年でした。一番好きな声で一番言われたくないことを言われるのって辛いだろうな。
クリスティーヌの歌を聞きながら辛そうに顔を歪め、苦渋に満ちた顔で仮面を取りました。
そして独りになってから、本が置いてある切り株に両手をついたまま暫く立ち直れないほど落胆していました…傍によって背中をさすってあげたかった(やめなさい)。

撃たれてから結局はよかったんだよな、とか、クリスティーヌのせいじゃない…とか言いながらも、どうしようもなく後悔が色濃いエリック。キャリエールに怒ったことを謝って「いいのさ」と言われてもなお孤独になった寂寥を引きずっているような、哀しい顔をしていた。
それなのに、銀橋で「私の愛しい子よ」と言われて振り向いた瞬間に8歳の、水面を覗き込んだ頃まで退行した。
今にもキャリエールの腕に飛び込んでしまいそうにさえ見えました。
その落差がなんとも言えず切ない。もしこれが撃たれる前だったら、親子関係を修復していけたかもしれない、と思い至って哀しくなりました。
お互いに薄々気付いていたのにね…

最期にキャリエールに撃たれてクリスティーヌに抱きとめられたエリックは、彼女の名前を呼びながら手を差し伸べていました。そして、その手をクリスティーヌがそっと握ってあげていた。
エリックが息を引き取る寸前、クリスティーヌはもう一度エリックの手を取ろうとするんだけど、彼女の手をすりぬけて地に落ちたエリックの手…観てるこっちの胸が張り裂けました…

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2006年08月05日

撫で終わるとともに戦闘開始…花組ファントム

 
なにをって赤色灯のことですよ(誰もわからないことをしつこくいい続ける…)。
というわけで11時公演。

1幕終盤で2度の中断がありました(昨日も開演が遅れたのに…)。
クリスティーヌの楽屋の調子が悪いようで、どうにか再会した後も地下への自動ドアもなかなか開かないし、やっとこさあいたと思ったらつっかえつっかえで、大王はずいぶんと長い間(個人的な体感時間ですが)クリスティーヌを抱っこしていた…おつかれさまでした。
2階席だったので芝居中断時にオケボックスが見えたのですが、トラブルがあると指揮台の赤色灯が点滅するんですね。
あれ、なでると「ちにゃー」って言ったりするのかしら…(@神聖モテモテ王国…)。

そういえば、最近エリック出現時の太鼓?ドラム?の音が大ドロさながらにドンドロドロドロいっていて、前からあんなでしたっけ…?
歌舞伎の約束事のひとつに大ドロという、幽霊や魑魅魍魎をあらわす音があるのですが、まさにそれだったので…エリックが出て来る度にそれが聴こえると、エリックはバケモノじゃないのに、とちょっとやりきれない気持ちに…。
まあ、オペラ座の団員達からしたら“バケモノ”であり“仮面の悪魔”であるわけで、演出的には間違っていないということか。

前半はニコニコエリックでした。
クリスティーヌに出会って、幸せになる日を夢見ては「夢はいつか現実になる」。そんなエリックでした。
後半はなんだか鬼気迫っていました。夢の崩壊の過程だもんね…

レッスンしながら手を繋いで銀橋を渡った後、切なそうにクリスティーヌを見つめているのですが、ニコニコしているクリスティーヌにつられるように、はにかんでいました。
甘酸っぱいよエリック〜!
そして、クリスティーヌに顔を見せないわけを問われての「やめてくれ」が、消え入りそうで哀れさが増していた。
それなのに、クリスティーヌの歌を聞きながら優しく笑い、最後にはクリスティーヌを信じきって嬉しそうに笑ったまま仮面を取って、クリスティーヌに近づいていった。
でも、クリスティーヌの顔が恐怖に歪んでいくにしたがってエリックの笑みも消えていき、彼女の姿が見えなくなって、やっと現状を把握する。途方に暮れて立ち尽くしていたその後ろ姿がなんともかわいそうで。
その後、「彼女は僕を愛してると思ったんだ」が苦渋に満ちていて、クリスティーヌを信じた分だけ後悔しているようだった。

キャリエールと話しているエリックはとにかく今にも泣き出しそうで、。地下に連れ戻してやろうと言われて「うん」て息だけで言った。エリックにとっては、地下は“安心できるところ”、たとえば母の腕の中。
父の手によってそこに戻してもらうのか、エリック…。

死に際は、クリスティーヌの腕の中で彼女と一緒に一生懸命歌ってました。
最期に、声にならない声でクリスティーヌに何か言って、ゆっくり息をはいてから死にました。
クリスティーヌも、抜け殻になったエリックのからだを抱きしめて何度も名前を呼んであげていた。
その呼び方が、死んだひとを悼んでいるのと、母が眠った子の名を愛しげに呟くのが混ざったような、えもいわれぬニュアンスがあった。
あやねちゃんの役者ぶりをまた見直した。彼女は本当にこの1ヶ月半で大王の横にいるのにふさわしい娘役さんになったように思いました。


1幕がトラブルなどであまり集中できなかったので、2幕ものめり込み度が浅いまま見始めたのですが、いつの間にか深いところまで落とされていた…すごい舞台でした…。

そして、フィナーレでは春野大王の生ウインクを初めて見て卒倒しそうになりました…大サービスはやはり装置不具合の埋め合わせか?埋まるどころか収まりきらないよ…
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さみしくてさみしくて十六夜の闇の空で泣ける僕は…花組ファントム

 
5日15時公演。
 

フィリップの前髪が最近真ん中わけですね。フィナーレ冒頭になんか若めに見える…。
でも大階段の時はリーゼントになってるのが、まとぶん流のこだわりかしら。

今日のエリックは、クリスティーヌに顔を見せてと言われて、かわいそうなくらいうろたえていました。
クリスティーヌの歌を聞きながら両手で顔を覆っていて…仮面を外すときは「天上の喜びを得た瞬間」が終わることをほぼ確信しながら、辛そうに、外しがたい様子で外していました。
そしてクリスティーヌが去った後、結末がわかっていながらも彼女の呼びかけに抗えなかった自分を責めるような悲鳴をあげていた。そして、総てが崩壊した後、悄然と顔を上げて母の肖像画を見ていた。
キャリエールも追い出しちゃったし、クリスティーヌも逃げてしまって、最後にエリックの傍らに残ったのはものいわぬ母の肖像画というのが、切ない。
歌の途中で囁くようにクリスティーヌの名前を呼んでいました…。

大王とあやぶきまおたんのデュエット(?)は、いつもに増して見事なハーモニーでした。ふたつの声があわさり過ぎるほどあわさっていて、まるでひとつの声みたいに響いていた…。
「かけがえのない宝物」と言われて振り返ったエリックの顔が泣き笑いみたいでこっちも思わず泣き笑い…。
地下に連れ戻してやろうと言われて「うん」て声に出して言って、なんかもう死んでもいいという風情でキャリエールに身を任せていた。
地下よりもお母さんのところに行きたがっているようにも見えた…キャリエールと一緒にベラドーヴァのところに戻れたら、お互いにとってどんなによかっただろう。
キャリエールも「いつか見捨てなければ」と言いながらも、早く地下で手当てしてやろうと思っているみたいでした。「私の生き甲斐」だもんね…
途中、警官に見つかり、キャリエールは急いで地下に連れ戻そうとする。
でも、フィリップに伴われてやってきたクリスティーヌがエリックの名を呼ぶ。
いつもはキャリエールのことをすっぱり忘れてキャリエールを振り切るのですが、今日のエリックは困ったようにクリスティーヌとキャリエールの顔を交互に見比べていた。
クリスティーヌから初めて名前を呼ばれて、彼女のもとに走って行きたいと思う反面、みんなに見られてなお、しっかりと抱きしめていてくれる父の腕の中から出ることを逡巡しているようだった。

振り払おうか、このままキャリエールの腕の中にいようか。

でも、わらわらと集まってくるひとたちの気配で、エリックはキャリエールがファントムである自分を抱いているという事実がキャリエールに何をもたらすか、察してしまったのかもしれない。
そして、総てを振り切るように“離して!”。

エリックはただ幸せになりたかっただけなのになあ、と思うと、胸が潰れる思いです。


一方フィナーレはエロい溜め息(?)満載のアンニュイ大王でした。
恒例の大王おさわりタイム(?)では、毎回違うアプローチをする大王に、毎回違うリアクションなのがあやぶきまおたん、毎回同じ(というか大王の顔を見ずに触る任務を実直に遂行している)まとぶん。
まとぶんよ、私をもっと楽しませてくれ…!

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