2006年08月04日

ファントム3泊4日独り旅…花組ファントム

3泊4日独り旅の始まり。
宝塚で花火大会があるとかで、独り身はのっけからさみしくなる予感。 
 
13時公演。

東京から行くなら13時公演がとっても楽なのです。
11時公演にあわせようと思ったら7時半には新幹線に乗らねばならず、私的に7時半は真夜中ですからね……。
だったら15時公演からにすれば、って話ですが、2公演やっている日に1公演しか観ないのはもったいないと思ってしまう貧乏性(?)なもので。

というわけで、楽々大劇場に到着〜久しぶり(?)のファントムでした。
キャリエールに最初から一定の信頼というか甘えがありました。それも他人へでなしに、肉親への。
甘えてわがまま言ってるような「じゃ僕もお前と一緒にここから出ていくよ」。
“お前と一緒に”ってとこがキモですね。
オペラ座を出てもキャリエールがどうにかしてくれると思ってないか?
だからこそ、後にキャリエールに「出てってくれ!早く!」と言った時、言った本人が一番傷ついていた…しょんぼりしてました…。

クリスティーヌに顔を見せて逃げられた後の悲鳴、毎回違いますが、今回は「ぃやあ――!」って、はっきりと言っていた。
嫌だったか、嫌だったよねエリック…。悲しくてやりきれないような、まるで子供のような悲鳴…
続く荒野の歌で、お母さんのことを歌う時は懐かしそうに笑顔を浮かべている…それが母に抱かれて微笑むエリック少年と重なって切ない。
今日は「だからお願い、顔に隠された魂に触れて」までを歌い、その後は「クリスティーヌ!」って音譜を越えて呼び掛けていた。
このシーンでクリスティーヌへの気持ちが高ぶっている時と、母への追憶が勝っている時と色々あるようですが、今回はクリスティーヌへの気持ちの高ぶりが溢れ出たような感じ。
歌っている本人が意識的に狙ってそうしているわけではないから、聞き手にも気持ちがストレートに伝わってくる。
表現者として、底知れないものがあると思う…。

そして、父子の名乗り。席が後方とはいえ超上手だったのでエリックの顔がよく見えました。
親子の名乗りを済ませた後「それでどう思う?」の前、エリックは切なそうに唇を引き結んでいました。自分の死期を悟った上で、もっと早く言えばよかったとでも思っているように。
キャリエールの胸に飛び込む瞬間、エリックの顎に微かに梅干しが!そんなに無防備に泣くなよう…

そして、鎖に捕らわれ、苦しそうに顔を歪めて「約束しただろ」。
そして全てを言い尽くしてから、キャリエールの迷いを断ち切るように溶けるみたいに笑いました。

そして、キャリエールに撃たれた後、エリックはクリスティーヌの腕の中で一緒に歌おうとするけど、ただ呻くのみでした。
“素晴らしい歌手になれたはず”だったエリックの最期の歌がこれか…切ない。


フィナーレでは羽を背負った春野大王、遅刻寸前で小走りで出てきました。
しかも笑ってごまかさんばかりに始終満点の笑顔を振り撒いていた〜
うんごまかされた!
私ごまかされたよ〜

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2006年07月28日

今日は焼肉…花組ファントム

 
突然ですが、花組公演には
 
「この公演が終わったらみんなで焼肉だー!エライ人(誰なんだろ)のおごりだー!!肉食べ放題だー!!だから頑張るぞー!」
 

って楽屋で円陣組んで気合入れてるんじゃないか、ってくらい、妙にものすごいやる気がある回ってありませんか?
パレルモをものすごい頻度で観劇していて、特にショーで感じたことです…。

出演者一同さまが妙にハイテンションで面白いことになっていることが何度かありました。
そういうときに当たると、観ている私もものすごい盛り上がってしまいます…一緒に焼肉を食べられるわけでもないのに(あまつさえ彼女達が焼肉を食べるわけでもないのに)。

それを私は勝手に“焼肉デー”と読んでいます。

いきなりなにを?という感じですが、ようするに今日は焼肉デーだった…
いい日だった!マイベスト更新!27日に更新したばっかりなのにすぐにまた更新…

今日のエリックはオトコノコだった〜。ちょっと大人びてはいるけど、森のシーンあたりから徐々に幼児退行していきました。

クリスティーヌの真の愛を聞いている時、エリックが笑うんですよ…
あなたのお母さんと同じ気持ちです、大丈夫だから信じて、と歌うクリスティーヌに純粋な信頼を向けていた。
で、クリスティーヌが逃げた後、後追いするみたいにおぼつかない足取りでちょっと追いかけて、でも逃げ去る彼女の後ろ姿を見ながらこれまた絶叫。
母の愛まで否定されたように哀しんでいた。
でも荒野の歌を歌いながらふっと頬を緩める。そのあと、クリスティーヌへの思いを歌いながら、やっぱり微笑むのですが、どこか寂しそうな顔をしていました。

クリスティーヌとの時間は終わってしまったけど、本当に幸せだったんだ、と自分に言い聞かせているような、寂しい笑顔…。
この笑顔が“彼女が僕の顔を見てよかったと思っている”というセリフにつながっていて…。

 

銀橋も絶品…
銀橋であやぶきまおたんのキャリエールが、エリック、って歌い出す前に、今しか言えない、という決意を込めた気配をかもし出すのですが、それが切ない…。
エリックに“父親だと信じていた”といわれて、信じられないというようにかすかに首を振るんだけど、もう彼もここで天上の喜びを感じていると思うの。
ベラドーヴァ(前にヴェラドーヴァって書いちゃいましたが、パンフレット見たらベラドーヴァだった…すみません気が向いたら直します。恥ずかしい〜)にも許されたと思ったんだろうな。

警察に見つかった時に、逆上してクリスティーヌに駆け寄ろうとするエリックを制止するキャリエール。何度もエリック!と呼んでいるのに、逆上したエリックには届かない。
でも、クリスティーヌの声では我に返る。しかも、一番哀しい瞬間で我に返る…
ナイフを捨てた後に腕を振り回すようにして殴りかかる様子が、どこかやけっぱちな感じがして、切ない。
もうどうしようもないじゃないか、どうしろっていうんだよ、という行き場のない戸惑いが、あの無駄に見える殴り合いにはあると思う…。

最期、仮面を取ろうとするクリスティーヌの手を両手で押さえた姿は、むずがる子供みたいだった。
今日は笑いながら死んでいきました…
クリスティーヌにそっと頬を撫でられて、天使の歌声に包まれて、本当に幸せそうで。

 
そして、今日のあやぶきまおたんは足元から崩れていってしまいそうなキャリエールでした。

みんなに席を外してくれ、お願いだ、というところがまた、愛しい我が子を亡くさんとする父そのものでした…
ルドゥ警部たちは押されたようにその場を後にして、先生たちは見ていられないというような風情で立ち去る。

そして、キャリエールはそばによることもなく、ただ見ている。


楽しいこともあったよね。嬉しかったよ。でもあまりにも短かったね。

 
背中からそう聴こえてきそうな後ろ姿…
 

森の場面から少しずつ幼児退行していったエリックは、死ぬ時はクリスティーヌの腕の中で赤子のように身を投げ出し、そして死んだことによって母胎回帰が成就する。
生まれ直したら(生まれ変わるんじゃなくて、エリックとしてもう一度生まれてきたら)、きっと素晴らしい歌手に。そう祈らずにいられません(私本気…)。

しかも今日は死んだ時に、ホントに死んだのかと思って動揺…(さすがに最近はそんなことなかったのに)。
それほどに魂が抜けてた。
抜け殻でしたよ…
あの人、自由自在に心臓止められるんじゃないだろうか…。

フィナーレで元気に動いている大王を見て一安心(痛)。

あのフィナーレ、あやぶきまおたんが一番しんどいんじゃないだろうか…
悲しみのどん底から直ぐにあんな明るい歌…役者だな、まおたん。
そしてあやぶきまおたんの視線の使い方ノエロさにのけぞってしまいます。ウインクというより、目を眇めて両目微ウインクみたいな…
さっきまでお父ちゃんだった人とは本当に思えない。

ちなみに大王はフィナーレで妙にご機嫌で、羽を背負って降りてきたときもニコニコニコニコしていて、やっぱり焼肉か…と思いました。

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2006年07月27日

この激しいメロディを叫ぶほどの怒りなど今はもうないからね…花組ファントム

 
某所ではちょこっと書きましたが、27・28日で平日遠征!

木曜日は2公演観たので、比較しつつ書いてみようと思います。
しかし11時公演と15時公演では全然違うエリックだった…。
さすが毎日生まれ変わっている(と思われる)春野寿美礼。
こうなると毎日見たいと思ってしまうのが人情。…だと思う。

久し振りに見たエリックはおっきくなってました…しかも思春期病をひどくこじらせてた…。
おとうちゃんに反抗してるけど、まだ乳離れはできてない…しょうがない子だった〜。
しかし成長しても純度は落ちてない奇跡よ。
そして15時公演ではマイベスト更新!
涙の量のマイベストも更新…


11時公演
おとなエリックにびっくり。
休み明けのせいか、ちょっと公演しながら復習してるみたいに感じたのは、私が10日ぶりのファントム観劇で復習中だったせいかしら。
しかし上演中に尻上がりによくなっていくのはどうして…思い出していくのか…

 
そして、11時公演の私的ハイライトは銀橋。

親子の名乗りの後、地下に連れ戻してやろう、って言われた時に“うん”って言ってました…!
 

エリックが地下からオペラ座へ出てくるのは、クリスティーヌを殺しにきたわけではなく、彼女を連れ戻しにきたわけでもない。
多分、何も考えてない…。

母は死に、クリスティーヌは顔を見て逃げてしまった。唯一心を許しかけていたキャリエールのことも追い出してしまった。
本当に独りになって、寂しくて、寂しさを抱え切れなくてどうしようもなくなって、後先も考えずに地下からオペラ座に出てきたんだろうなあと思う。
そんな時、醜い顔も、わがままも、クリスティーヌをさらったことも、怒ったことも、ぜーんぶ受け止めてくれて愛しい子よ、って言ってくれたことで、ものすごい安心しちゃったような。

そういうのが全部詰まった“うん”でした…
たまんないです…


15時公演

私的ハイライトは、森のシーン。
クリスティーヌの真の愛(My True Love)を聞くエリックは、苦渋に満ちていた。顔を見せれば、クリスティーヌとの“天上の喜びを得た瞬間”が終わる、と確信しているような。
でもクリスティーヌを信じたくて、信じて、もしかして、と思いながら外した。
そのひとすじの希望は打ち砕かれた挙句の、自分を責めるような慟哭。
悲鳴が、身を引き裂くような絶叫だった。
最初に息を詰めたような切ないタメがあって。胸をかきむしるようなあんなに激しい声は聞いたことがない。
そして聞いた瞬間、当然の如く私も胸をかきむしられたわけで。

その後の荒野の歌(と、My Nother Bore Meを命名。曲名が英語なのは打つのが大変だから)では、母への思慕とクリスティーヌに否定されたことへの悲しみを行ったりきたりしていた。
まじってるんじゃなくて、それぞれが別物。
母を思い出しては優しく微笑み、クリスティーヌを思い出しては悲しみ…こういうのを“こころがひきさかれそう”と言うんだと思った。
最後にそれがひとつになって、さみしそーに微笑んでいました。
辛いね、エリック……


…比較しようと思ったのですが、私的ハイライトが全然違ったので、比較になりませんでした…… 

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2006年07月16日

キャリエールの手はいつも前に出ている…花組ファントム

 

あやぶきまおたんのキャリエール、歩き方も普段と変えていますが、背中をほんの少し丸めて何かを受け止めようとするかのように両手を前に出している姿がとても印象的です。
彼は常に、今の状況をどうにかしようとしている。
いつでも手を差し伸べているのに、全てがその手をすり抜けていってしまう。
でも、差し出し続けていたその手で、最後にエリックを抱きしめることが出来た。
そして、エリックを撃った後に、初めてだらりと垂れるキャリエールの手に胸が潰れる思いです。

クリスティーヌに、彼をいつか見捨てなければならない、今こそそうすべきだ、と言ったキャリエール。
そして、親子の名乗りをした後に、いつかあなたの手で安らかに眠らせて欲しい、とエリックが言われた時のキャリエールの顔ったら……

既にもう終末を予期し、受け入れているエリックの、キャリエールへの“許し”なんだろうな、と思います。
エリック自身にはそういうつもりはないだろうけど、キャリエールにとって、大きな許しだったんだろうな。

エリックはエリックで、キャリエールを一度として疑ってない。
何もかもを疑っていたら、タイターニアのシーンでキャリエールと行きあった時、彼のことも撃つだろうし、怪我をして大道具の影に隠れていた時、姿を見つけたのがキャリエールだったことに気付いて、銃口を下げる(なんかこのシーンの大王エリックの姿から“あ、なんだ、よかった…”と聞こえるようなのがまた…)。
もしかしたらエリックも、キャリエールに言えなかったのかもしれない。
こんなバケモノみたいな顔のにんげんが“息子”じゃないか?なんて聞けなかったのかもしれない。
それに、キャリエールに違うなんて言われたら、エリックは多分生きていけなかっただろうから。


そう思うと銀橋のシーンは、本当に胸がつぶれます。
……私の胸は潰れまくってもうぺったんこですよ……

余談ですが、「どうして?」の言い方もかなり変化してきていますね。
前は本当にわかりませんというキョトンとして「…どして?」って言ってたんですが、最近は何でそんなこというんだよ、という意味合いが大きくなってきた。
個人的には前者が萌えるのですが、今となっては後者が正解であろう。一抹の寂しさもありつつ。

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2006年07月15日

従者考再び…花組ファントム


11時公演のみ、観ました。
今日もエリックは従者達に世話を焼かれてました。
カルロッタ殺しから着替えるシーン、従者達がなんだかいつもよりもおぐしのセットにこだわっていて、寄ってたかって髪の毛を撫でてました。
あ、愛されてるなあ…。
エリック、大人しく撫でられてるなあ…。

花版の主従を見ていると、漫画界に激震をもたらした脅威の名作・浦沢版鉄腕アトム[PLUTO]の中の、ダンカン・ノース2号の主従関係を思い出してしまう。
盲目の天才音楽家・ダンカンと、戦争で“心”に傷を負い、音楽で癒されたいと思っている心優しきロボット・ノース2号。
設定もエピソードもアングルも結末も何もかも違うのですが、主従関係のあり方が、どことなく共通の感情を生み出させる。

恋でもなければ、愛でもなく、互いにどうしようもなく孤独なんだけど、その外側で主従関係という絆で結ばれているのです。

あんなにお世話焼きの従者がたくさんいても、エリックはクリスティーヌがいなくちゃだめだったんだ。
そう思い至って、うっかりエリックの死とノース2号の結末とを重ね合わせて見てしまった。
余計なことするからフィナーレでも涙がとまらないんだこれが…。


でも、私としては浮浪者たちを拾ったのはエリックじゃなくて、キャリエールがエリックのために浮浪者たちを集めたっていう方がいいなあ…(いきなりですみません)。
それがキャリエールの“出来る限りのこと”のひとつ、ということではいけなかったのだろうか。
そうすれば「彼らがいるじゃないか。きっと君の助けになる」というキャリエールの言葉にも納得できると思うのです。

女子はね、こういうところにモエるのだと思うのですよ。

そういう女子心が分からないのはおじさんだからでしょうか。見てくれはおじさんでもヲトメのモエゴコロを大切にしてくれる演出家であってほしいよ…。
というか、せめて“自然”にお願いしますよ…。
この地下以外行くところのないエリックが、夜な夜な街をほっつき歩いて浮浪者を物色していること自体、不自然でしょうに…。

もう慣れたけど。

というより、エリックが浮浪者たちを拾うシーンを妄想補完してにへにへしてますが。

 
 
以下妄想補完暴露につき…
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2006年07月09日

大王の歌声が空に虹をかけた…花組ファントム


観てきました〜当日券購入成功!
選ぶ余地はなかったけど、立ち見だけはまぬがれた…。
結局ほとんど寝ずに行きましたら、観劇における三種の神器の一、オペラグラスを忘れました…。
新幹線のチケットとハンドタオルは持ってたんですが。

今日の2回は、本当に対照的な公演でした。

11時の部は2階で観ました(さすがにオペラグラスを借りました)。
驚いた。
エリックが、ちょっと見ないうちに、エリック比で成長していたんです。
大人だった。
この間観た時には無邪気に感じられたその同じシーンで、彼は老成していた。
そして、自分の境遇の理不尽さを把握して、不満を持っていて、その苛立ちをキャリエールにぶつけていたように思えた。
歌い方もザ・春野寿美礼に近かったように感じた。でも、その割にカルメンのリハの邪魔をする時に手をぶんぶん振り回して「どいてどいて!」とかかわいい声でいっちゃったりしてさ。腰が砕けるっつーの。

私個人としては大王の成長不全子供エリックが好きなので、戸惑っているうちに終わっちゃった感じで、不完全燃焼でした…。
こうなって東京に来るのかと、ちょっとテンションが落ちたりもした。
そんなモヤモヤを抱えて15時の部。
会うと思ってなかった人間に会ってしまいました…社内の人間に遠くはなれたこの地で会うのってちょっとイヤだな。
そして、ここで、私は大王の底知れなさをまた思い知らされるわけですが。

そう、今日2度目のエリックは…どうしようもなくいたいけな子供だった。
大王は…気まぐれやさんなのかしら…。
というか、大王は日々色々なエリックになりながら、自分の心身にエリックを刻んでいくんだなあと思った。それを見守って一喜一憂するのがファンとしては楽しいのかもしれない。

ということで、今日は私はダントツ15時の回が好きだったので、そっちばかりについて。


15時の部、ちなみにすっごくイイ席だったんです!
1階20列目のどセンター(いや私としては最良くらいの席なんです)。
高翔先生演じるジャン・クロードが私を指差しますよ、パレードでは大王がこっち見てますよ、…ってくらい。
この回は勇気を出してオペラグラスを借りませんでした…借りたらどうしても大王ロックオンだから…。
オペラグラスがなくてもよかった。

[where in the world]がいきなり圧巻。
キラキラと希望に満ち溢れていた。
本当に、これから幸せになるんだ、いつか幸せになれるんだって信じて疑ってない。
だから、エリックがクリスティーヌの腕の中で死ぬ時、いつも最初に歌った希望に満ちたあの歌を思い出します。
死ぬのはただ哀しい。
でも母の愛の象徴でもあるクリスティーヌの声に包まれて死んでいくのだから、彼は求めていたものを手に入れたんだよ、と今にも消えてしまいそうな程に悲しんでいるキャリエールに言ってあげたい…。

まおたんパパはとにかく非力だ。
そして無力。
エリックがオペラ座の興行をめちゃくちゃにしても右往左往、誘拐しても、人を殺しても、怪我をしても、徹底的に成す術なし。
エリックがオペラ座をショレ夫妻の手に渡してしまったことを責めた時に答えて言った[仕方がなかったんだ]というその苦渋に満ちた響きに、彼の人生全てが集約されているような気がする。
でも、とっても誠実。
だから、そして彼の周りにはいつもエリックへの憐憫と慈愛と悔恨が浮遊している。
何もできない男が、エリックを精一杯愛そうとしている。
まおたんのキャリエールはそういう人間だった。


銀橋での父子のシーンもなにはともあれ泣けてしかたがなかった。

わおわおとじゅりぴょんは共に、感情移入をさせることによって客をひっぱるタイプの役者だから、観客が皆してエリックもしくはキャリエールの気持ちに寄り添って“辛い”“哀しい”を追体験していく(どっちを選ぶかは、その人の心理状態だったり、環境・境遇だったりが左右すると思う)。
だから、宙版の銀橋シーンは“素晴らしい競演”って感じだった。

対する花版。
大王は、感情移入を許さない。
というか、感情表現が普通の人の感情の起伏と違う感じなので、自分の気持ちを重ねようとするとズレが出てくる人も多いのではないでしょうか。
ただ、その代わり、観ている人の心に何らかの、切々とした気持ちを生み出す。
“哀しい”“辛い”ではなく、“かわいそう”って思ってしまう。第三者として向き合ってしまうからかも知れません。
ほんと稀有なおひとだ…。
だから、大王ひとりで大王は完結しない(ややこしい)。

そこで、まおたんですよ。

そんな大王が感情移入させてくれる役者とがっぷり組んで芝居をすると、化学変化の如くに劇的な感動を生み出すと思うのです。
それが、今回では銀橋シーン。
まおたんが私の感情を一気に引き受けてくれる。
まおたんが押さえ気味に、リアルに感情を辿って無理なく共感させてくれるので、私はまおたんパパを通して大王のエリックを愛するんです。
なにやら不憫な子…と思いながら、ささやかな幸せでこんなにニコニコ笑っちゃって、ああでもこの子はもっと幸せになれたはずなのに、もっと幸せにしてあげられたはずなのに…と、妙に心が痛み、エリックを心から愛するんだと思いました。
エリック、不憫な子…愛しい子。

全くもって、あの銀橋は奇跡ですよ…。

これは…もはや競演というよりは、なんというか、なんとも言えない(なんだそりゃ)。
陰陽紋のような、真逆とも言えるものがあわさって、何よりも素晴らしいものに完結するような。
今回、大王とまおたんの唯一無二っぷりは、本当に感涙を禁じ得ません。
あの銀橋場面がなんだかこの世のものとは思えないくらいきれいな瞬間なのは、あのふたりの役者としての質があまりにも素晴らしくかみ合ったからだと思います。

しかも、今日はまおたんの熱演がすごかった。
エリックの死に際に人払いを頼むところで、もう私まで席を外そうかと思っちゃったくらいですよ…(訳がわからない)。

 

一番好きな回だったかも。日帰り強行軍で行ってよかった。
宝塚からすぐに新大阪へ向かう。

新大阪行きの電車の中から見えた空に、虹がかかっていたんです。
ほーんのちょっとだけだったけど、奇跡のようだった…。
横にいた先輩に「ふたりの歌声が心どころか空にも虹をかけましたよ!」って言ったら、彼女はクリスティーヌばりに微笑んで「うんうんそうだね、よかったね」って…。

優しくされて傷つくってこういうことか。
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2006年07月05日

ザ善人・キャリエールの贖罪…花組ファントム


今日は休演日、みんなゆっくりおやすみになれたんでしょうかね。
しかし、私のファントム考は尽きることなく…。
実際に観た時はその時に感じたことを垂れ流すことになろうと思いますので、それ以外の日はきっとファントム考ばかりをつづることになるかも。
だってこの作品よく言えば行間、悪く言えば穴が多いから、色々考えてしまうのです。

今日はパパキャリエールについて。

キャリエールは善人だ。
本当に善人だ。
それで、自分でも言うように、彼は弱い。
でも、その弱さがひととして当たり前の弱さだと思わせる説得力があるからこそ、そして、彼は十分過ぎる罰を受けているからこそ、この物語における諸悪の根源であるキャリエールを責められないんだろうな…。

ヴェラドーヴァとエリックへしたことは、清く正しく美しく生きてきたキャリエールがただひとつ犯してしまった“罪”。
そんな彼への罰は、彼自身ではなく、彼が愛する人たちに下される。
愛する人たちが壊れていくのを、もしくは生まれながらに“壊れて”いるのを見て、彼は苦しむ。

それが、彼の罰。

自分ひとりが苦しむだけならどんなに楽だろう。
そう思いながら、ずーっと生きてきたんだろうな。
そして、哀しいことにずーっとヴェラドーヴァを愛していたんだろうと思う。
あやぶきまおたんキャリエールが彼女のことを口にする時、本当に愛しそうに、大切そうに言うから、また切ない。

本当ならヴェラドーヴァが死んだ後、すぐにエリックを殺してしまえばよかった。そして全てを清算してしまうこともできた。
でも彼はできなかった。
出来るだけのことをして、自分の罪の具現と向き合い、それを愛そうとした。
それがヴェラドーヴァとエリックへの贖罪であり、愛の形だったんだろうなあと思う。
そして、結局はエリックを手にかけることになる。あんなふうにねだられたら、本当にどうしようもないですよね。
見世物にしたくないと思っていたし、エリックが望んだことだったけれど、あれはやはり贖罪の集大成だったのだと思います。

でも声はいいだろ、
というエリックに、ものすごいリアリティがあります。
こんな奇跡の声を持つひとが、世の中の人に聞いてもらえないなんて。
そう思う悔しさと、申し訳なさを押し殺して、優しく笑う。

[お前は素晴らしい歌手になれたはずだよ]

なんとも切ない過去推量…。
エリックを肯定し、自分を傷つけるような。
たしかに、彼がヴェラドーヴァを愛して抜いていれば、エリックは本当に素晴らしいテノール歌手(バリトンか?いや、個人的にテノール希望)になれたのに。

愛するひとを狂わせ、愛するひとの生んだ、血を分けた息子の未来を摘み取ってしまったこと。
そして、その息子の人生に終わりが近づいている。

引き裂かれるような思いそういう思いを押し殺して、愛しい子よ、と言うまおたんパパが、また本当にいとしそうな笑顔なのが…思い出してもまた涙です…。
大王エリックのお父さんがあやぶきまおたんでよかったとしみじみ思った。
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2006年07月04日

従者の功罪…花組ファントム

この日は2公演。
何度でも観たいと思うのに、一日に2回観るとしんどいのはなぜかしら…(泣きすぎているせいだからだと思われる)。


せっかくだから前回に引き続き従者達のことを…語ってみよっかな。

宙版の時、まだタカラヅカについてきちんと知らなかった私は、従者って大道具さんとかがやってるクロコかなんかだと思っていました(…ほんと、今となっては切腹したい)。
だって唐突だったし、あまりにもディスコミュニケーションだったから。
タカラヅカはクロコもスーツ着るんだ、さすがだな、と思っていた次第で…ちなみに戦っているのは別の人(しかも誰だかわからない)だと思っていた。

対して今回は、“エリックが街で拾ってきた浮浪者”という出自が明らかにされ、明確な人間達として存在している。
エリック…人恋しかったんですかね…

相変わらずライトはほとんど当たらないけど、エリックのおめしかえをお手伝いするシーンがあったり、従者同士のコミュニケーションもあったりして、きちんと息づいている。

エリックと従者たちは、共存している。
[それじゃぼくたちはどうなるんだ]というセリフからも分かるように、彼らはオペラ座の地下で肩を寄せ合って生きている。
それはそれでほほえましいのですが、エリックに尽くしまくる従者たちの存在がエリックの孤独ぼんやりと薄めてしまう。

ただ、今回に関してはアリだなあと思う。
わおわおのエリックは孤独であることに哀しみ、苦しんでいた。
でも大王のエリックは孤独であることを分かっていない純度が勝っている。
なんだかわからないけど、寂しいなあ、寂しいなあ、って思い続けてるような。

それに、わおわおエリックは青年だったけど、大王のエリックはまだ親の手を離れてない感があるので従者達が寄ってたかって面倒を見ているのが、自然な感じではある。
要介護度高いよね、あのエリック。
大王もインタビューなどから垣間見るパーソナリティはなんか面倒見られキャラっぽいから、なんかもう訳のわからない涙が出ます。


そして、今回観て「じゃ、僕もここから出て行く」ってファントムが言った時に、従者達が「え!?」っていう雰囲気(雰囲気だけなんだけど、十分伝わった…)になっていた。そしてエリックは、戸惑うキャリエールと驚いた従者達の顔を見回して
「……でも僕はできないんだよな」
って言ってて、なんか泣けた…(いきなりここで泣いちゃった…)。

従者たちはエリックの命令で動いているのではないのかもしれない。
それぞれ人格を持った12人が、エリックの醜い顔を見ても、食べ物の世話をしてくれるというだけじゃなくて、やっぱりエリックの内面とあの声に心酔して尽くしまくってくれていたのかもしれないとおもうと、ちょっと救われる。

エリックの欲しがるものを手に入れてあげたいと思っているみたい。
それでクリスティーヌがエリックの傍にいてくれるように、お弁当と水筒を用意しておいておいたり、あまつさえ森を作ったりしてるのか。

いい従者だと思う。
これから何十回も観るわけですが(ええ観るんですよ…)、従者たちのそれぞれのパーソナリティーも見極められるようになるといいなあ。
とりあえずみつるくんは、大王をかばってたのが印象的。

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2006年07月03日

僕の幻想の幕切れにはふさわしい…花組ファントム


3日に1回、4日に2回観てきました〜。

今回の新たなる発見、今更ながら例の森について。

森…オペラ座の地下に森?と思いつつ、随分と古風な(歌舞伎みたいな象徴的な)演出だなあと思っていました。
しかも“人間である”従者が肖像画を運んできて、緑の布を引き上げ、按配を確かめて頷きあっている。
あまつさえ鳥の声さえ従者の笛。
なんか違和感があるなあって思ってたんだけど、あの森は本当の意味での作り物、エリックの幻想の具現化だったとも考えられるんですね(今までリアル森があると信じて疑ってなかった…)。
従者達、土木、いや工作…?
確かに、森のシーンのバックのいい加減な森は、作り物だとしたらすんなり受け入れられる(“あの”オスカルや“あの”母と子の絵を平気で出す劇団だもの、これくらいは仕方がないのかと思い込んでいたのが盲点だった…)。
よくみたら撃たれたエリックが隠れている大道具のセットの周りにも、似たようなタッチの書き割りが置いてあった…。

森が人造物だったととらえて観ると、あのあたりのくだりが随分違うように感じられました。

作り物の森に「僕の領地」と案内して、ピクニックか…いじらしい…いじらしいよエリック!
あの恥ずかしそうな、誇らしそうな顔を見ていると、私まで「うんうんエリックよかったねえ」と思ってしまうわけで(イタい…我ながら)。
きっとセットの影で従者達も目を細めているに違いない。
お弁当も従者が作ったんだろうな。
喉にいい食材ばかりをつかった特製サンドウィッチ(…ってなんだろ)
食材はエリックがキャリエール経由で調達か。
そういえば山祐くんが何かの雑誌で「豆腐は喉にいい」(いや、茗荷だったかな?とりあえず、豆腐関連)って言ってたけど、豆腐サンドか?
…話がとんでもなくズレたー。

エリックは、森の中で暗いオベラ座の地下にいることを忘れる、と言っていた。きっと自分の顔が醜いことも、だからこそ外に出られないことも、この幻想の中には必要のない情報なのでしょう(もともと忘れがちみたいだけど…)。
彼にとって、幻想の中心にいるのが亡き母であり、クリスティーヌであった。
彼女がこの森にいたら、幻想は完成する。
だから、この森にクリスティーヌをつれて来た。

ここはとても素敵なところなんだよ、って一生懸命説明するエリックを見て頷くクリスティーヌの微笑み、母性がふきこぼれんほど。思い出のなかの母を髣髴とさせるその笑顔に、照れもあってか最初はちょっとぎこちなかったエリックの笑みがどんどん深くなっていく。
子供が幼稚園で作った工作(エリックの場合、従者に作らせてるけど)をお母さんに見せてるみたいなんだもん…。
…最近そこらの見ず知らずの子供を見ては大王のエリックと重ね合わせて目頭を熱くしているアホは私です。


皮肉なことに、幻想を終末へ導いたのは、他でもないクリスティーヌだった。
エリックは、優しいクリスティーヌの微笑みと言葉に促されて素顔を曝し、結果クリスティーヌは恐れおののき、逃げてしまう。

慟哭。

そして、彼の慟哭で森という幻想が崩れ去った後に残るのは、物言わぬ肖像画ただひとつ。
肖像画は、歌も歌ってくれない、抱きしめてもくれない。
エリックの慟哭とその後の歌は、クリスティーヌが顔を見て逃げたことへの哀しさや怒りではなく、寂しさと切なさとそれ以上の思慕に満ちている。
哀しそうで、寂しそうで、でも愛しくてたまらないような。

だから、撃たれてからキャリエールに「彼女は僕を愛していると思ったんだ」と言ったその言葉には、エロスのにおいがしないのかもしれない。

仮面と本を抱きしめて歌うシーンで、今日の11時公演では歌いながらぐすっとすすり上げてて、でも歌声には遜色なくて、また涙ですよ。
雑踏の中、迷子になった子供がお母さんを探してるみたいな響きがありました。
とりあえず飛んでいって涙を拭ってあげたかったですよもう…

 
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2006年06月28日

花組精神ともいうべき…花組ファントム


そして今回、オペラ座のそこかしこでぴーちくぱーちく言ってるシャンドン伯爵のお手つきの嬢ちゃんたちが、私の溺愛するいちか嬢、じゅりあ嬢。きらりちゃんもいた〜。もうひとり美人さんがいるのですが、誰だかわからず…。プログラムとにらめっこしてもわかりませんでした…。
早くルサンク買いたい…。
とにかく今回のシャンドン伯爵、一貫性はないが、かなり趣味はおよろしいと見える…。

ちなみに、じゅりあ嬢がちょっとぷくぷくしてた…かわいいよおお(嬢たちは何してもいい。目に入れても痛くない)。
しかも、この間観た時、いちかたんがチュチュの肩紐が捻れていて無駄に萌えました…。

今回、いちか嬢もじゅりあ嬢も、役名がついていても、その名前を呼ばれることはない。
でも、単なる主演の引き立て役ではなく、ファントムの世界にひとりの人間として息づいている彼女達を見るのが、とっても幸せだ。
[私だってひとたびスポットライトを浴びたら、主役になれるだけのドラマはあってよ!浴びることはないけどね!]
という気概を感じる。
私は日の浅いファンですが、花組のこういうところが本当に好き。

みわっち、まっつ、そのかちゃんに関しても同様のことが言える。
落陽のパレルモの時よりも、なんか生き生きして見せ場があるなあと思った。彼らについてはもう少しちゃんと観てから書くとして…ひとつだけ。

まっつといえばオーベロンの衣装。
ブルームーンブルー(だったかな)の、だんちゃんの赤い花に負けないと思うんですよ、あれ。
DSに[おいでよどうぶつの森]、というゲームがあるのですが。
借金に追われるスローライフ…なんともシュールな設定なのですが、社内で流行っていて、残業が真夜中に差し掛かり、タガがはずれ始めると、オトナもコドモもエライ人もヒラもみんなで通信して村を行き来したりしています。
虫や魚を捕ったり、果物を収穫したりして店に売って生計を立てるんですけど、ヤママユガというでっかい、まっつオーベロンみたいなガがね、いるんですよ…。
いやだから何がいいたいかというと、まっつオーベロンが出てくると、思わず「ヤママユガをつかまえた!」って言いたくなる…ということです…。
わかる方だけ頷いていただければ…(いるのか?)。

 
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2006年06月26日

シャンドン伯爵が金で買えないもの…花組ファントム


大王のことばかり語っていてもアレなので、今回はシャンドン伯爵のことを。
今回のシャンドン伯爵は、とっても成金っぽくてイイ!金で何でも買えると思ってるっぽいのがまたいい。後ろ髪の長いまとぶん、胡散臭くてドキドキしちゃいます。
ただし、ショレと髪形が似ていて、シャンデリア落下後に幕前で従者たちと戦ってるのはショレかと一瞬思ってしまった…ショレ強いなーって…。
懺悔します…でもだってみんなタキシードだから…。


後輩が「またまとぶんはふられる役だね」と言ってました。

……確かに。
厳密に言えば、ふられているわけじゃないけど、クリスティーヌのために金も命もかけている割に、報われてない。

フィリップはクリスティーヌにとって、間違いなく恋愛対象の可能性を持った“男”として存在している(宙版フィリップは…………“金ヅル”?)。
それに対して、エリックは恋愛対象ではないと思うのです。所謂“男”と捉えていない、というか。
彼女はエリックを“先生”と呼ぶ。
エリックは、クリスティーヌにとって、彼女の歌の覚醒を促す、まさに“天使”なのかも知れない。
ラストで、クリスティーヌがフィリップを振り切って地下へ行く。
その時の愕然としたフィリップもとってもかわいそうなんですが、しかたがないのです。
だってクリスティーヌは歌うために生まれてきたのだから。

フィリップが恋の象徴、エリックが歌の象徴だとしたら、クリスティーヌは歌を選んだというだけのことだ。

この後、もしクリスティーヌがフィリップと結婚したとしても、彼女はずっとずっと歌を歌い続けるんだろうな。
そう思わせる、ラストシーンだった…ような気がする。
…なんだか煮え切らないのは、3回とも大王の死骸に衝撃を受けていて、ラストシーンを落ち着いて観ていられていないから…。
次の観劇の機会に確認したいと思います…。

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2006年06月25日

キラメキの中で…花組ファントム


ケロイドの男が歌う ドレスを翻し 君は笑う きれいだね。

 
よく考えたらこれももう10年位前かあ…(気が遠くなる)。

それはそうとエリックの傷、あれは、宝塚的優しさゆえの記号だと思う。
だって大王のあのご尊顔にがっつりケロイドがついてたりボッコボコだったりしたらクリスティーヌだけじゃなくて、会場中が絶望と悲鳴の坩堝だよ…。
わ、私は行きませんよ、そんな芝居はっ。
大王は美しくなきゃ。

舞台というのは、視覚効果は必要だけれど、見たままではない。
ある程度想像を膨らませるものだ。
あんないい加減なセットで、オペラ座って言い張るのが演出ですから。だからみんなが醜いって言ってるんだから大王のささやかな傷もそう思って観るのが礼儀かな、とも思う。
要は、私は大王の傷は嫌いじゃないと言うことです。

以下、リアルな“実写エリック”について考察してみました。
不快になる予感がする方は見ないことをオススメします……。

 
 
 
不快注意報。
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2006年06月24日

春野エリックの死にざま…花組ファントム


春野寿美礼というひとは、死を視野に入れ、死を受け入れて前を向いて穏やかに生きる人間を演じると、どうしてこんなにもきれいなんだろう。
このひとの舞台を見られて本当によかったなあと思う。
私の財産だ。

ということで、今日はエリックの死に様について、イタい解釈を繰り広げようかと思います。

 
ネタバレ気味に注意。
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2006年06月23日

結局観に行った…花組ファントム

2泊3日で舞台一人旅。
とはいえ、劇場で何度か会社の後輩と会ったりもしたのですが、なにしろ私たち別々に手配したので意外に別行動。

23日ファントム
24日ファントム・やらずの雨・音一会
25日ファントム・ファントム。

順に追って書いていく…つもりだが、しばらくはファントムのことになりそうです……。


初日、劇場入り口のテレビでお稽古風景が流れていて、鬘と傷付の素顔大王を観た時、「新種の鳥!?」と思ったのですが、これがまた世界で一羽しかいない妙なる声でさえずる鳥なんだろうなあと思って幕が開いたら…

この世のものではないほどに美しかった。

ごめん、鳥とかいって。
鬘は別にいいや(15年来のバクチクファンだもの、少々のことでは驚かない)。衣装も別にいいや(アジアンウインズで慣れた)。わおわおの時よりはよくなっていたように感じたし(宙版は、変ないろどりの服が多いなあと思ったから)。
宝塚の中の時間も、一応前に進んでるんだなあと思いました…

大王はくらめの目元で、キツイ感じ。日に当たったことのない肌色が、もう凄絶。
そんな顔で「……どして?」とか言われたらもうおねーさん何でも教えちゃう…!(ばかやろう、という罵声が聞こえてきそうですが)


実はこのファントム、宙版は、宝塚にハマる前に2回ほど見て、いずれも「……?」だったので、全くいい印象がなかった。
話がお粗末過ぎて。
わおわおと花ちゃんがあまりにも、あまりにも素敵だったのでDVDを買ったのですが、話を追うのがいやでシーンメニューでしか観てない…。

怪人と尻軽女とだらしない男の繰り広げる歪んだ三角関係の話だと、思っていた。
とにもかくにも、クリスティーヌの気持ちが追えず、混乱した。
宙版、クリスは切ないほどにエリックに恋してたから(ていうかフィリップは眼中になかったから)、クリスティーヌが一体何を考えているのかさっぱりわからなかったのです。
フィリップにコナかけつつ、エリックが好きになったのでエリックに言い寄ったはいいけど、死んじゃったので、フィリップに戻りました、みたいな…。
むしろエリックとクリスティーヌの恋愛模様だけを描いて、フィリップいらなくね?くらいに思ってました。
ごめん、今となってはいるよ!あらんさん大切!!
しかも、当時、エリック役者とクリス役者がトップコンビだって聞いて「やっぱ宝塚ってそういうもんかね」と、斜めに見てしまった。
今となっては身に染みてわかっていますが、それこそがわおわおとお花様のクオリティだったのに(話の筋はおいといて)。
それを知っていたらもっと違う楽しみ方ができたかもなあ。

というわけで花組ファントム、本当に乗り気じゃなかった。
割にスチールを見た瞬間ものすごい乗り気になったんですけど、話を思い出してはうんざり…。
ものすごいジレンマでした。


それだけに実は心配していたのですが…

ものすごかった。

もうね、大王ってほんと底知れねえ…。
なんという振り幅の役者なんだろう。
長いファンの方は、想定内だったんでしょうか…新参者の私はもう本当に驚きました……。
まさに茫然自失。
申し訳ないんですが、大王がまさかこんな引き出しを持っているとは思ってなかったので…
大王って言うの、やめよかな…


そんなわけで、今回、宙版で納得のいかなかったところが今回で一応解消された。

 
以下ネタバレにつき。
posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ファントム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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