2006年06月24日

谷先生、異議ありです…やらずの雨

音月くんは見事なまでに月代が似合っていた〜!
しかもほんと、ぐだぐだな男がかわいくてかわいくて仕方がなかった!
何故か最前補助席で見たのですが、音月君が目の前を通って言ってドキドキしました。
音くん(やや、ややこしい)は、もう一息。2.5枚目のたいこもちは微妙ですよ。でも、幕前でひとりでよいしょしなきゃいけないの難しかっただろうな。よく頑張った。

雪っ子たちは本当に地味〜に凝っていて、職人が多い。
老婆とおいらんが同一人物なんて〜!かわいい子だった。
皆楽しそうにやっててよかった。

これはもう職業病なのですが、人物設定とストーリーの構成が本当に気になる。しつこいくらいに考えてしまう。
特に宝塚は、役者側に“この作品は駄作だから出演を断る”という選択権がない。だからこそ、演出家にはしっかりした脚本を書いて欲しいんだよ…。
にんげんが生き生きしていれば、それだけでどんなことになっても、まあ意外に許せるものだ。でも、役者の頑張りはどの組もめざましいから、最後はやっぱり愛しいし、また観たいと思うけど、脚本がしっかりしているかどうかだって、本当に大切なことなんだよ…。
演出家の先生たちはわかっているんだろうか。

そういう観点から言うと、やらずの雨は本当にひどい作品だった。
構成が甘いー!!!

落語を3つくっつけるなら、それをなじませてひとつにするのが演出家の腕の見せ所なわけですが、この『やらずの雨』徳兵衛が三人いるようなものだった。音月くんも悩んだだろうなあ。
谷先生よ、切り貼りがそんなに楽しいのか(お初徳兵衛という、もう廃れてしまった落語を使うのもなんだか姑息だしなあ)。
しかも上方様式の天満屋(浄瑠璃・歌舞伎の曽根崎心中の舞台セット)の店先で裏たんぼに行く算段をする違和感…。まあ、それは小さいことだし、マニアしか気にならないだろうからいいのですが(私がまたマニアなので…)。
虱のネタがキツすぎ…。
元の落語にあったとしても、こういうところこそ省いてほしい。
谷先生は想像力が決定的にないんだろうな…。どう考えたって不快だろ、その竹筒いっぱいの虱は。
にんげんは不快なものを笑いで逃げようとする。そういう形で笑いをとってどうするんだ…。
しかも音月くんをはじめ役者陣がまた上手いので…みょーにリアルで。
私、最前列で思わずえづいてしまいました。
他に入れるべきシーンがあるから、さらに虱のシーンの無意味さが浮いてくる…(しかも長い)。
芝浜を使うなら徳兵衛が夢だと言われて大混乱した上で、心を今度こそ入れ替えて働きなおす、と言うところまでが一幕であるべきだ。あんなうやむやなうちに“夢ってことにしよう”じゃないよ…。
“夢の三百両”をこの話のサゲにするなら、徳兵衛改心のシーンは絶対に必要な場面だった。
そこがないから種明かしがさっぱり活きてない。種をまかずに明かしてどうするんだ…。
しかも金を届けておいた、って言う苦しい言い訳にびっくりですよ。
お初徳兵衛が心中の道行きにならないと話にならないうえに、愁嘆場がつくれないということもあり、三百両のことを叔父夫婦とお初にもすっかり忘れてもらわなければ困る、というのもわかる。
なんか、無理矢理な辻褄あわせをしたけど、あわせきれなかった感。
しかも前半お初が全然出てこない!!
いきなり出てきたと思ったら面倒見てるし…。
出演役者のバランスもあるんでしょうが、それはどうにでもバランスが取れたはず。

ブツブツいいつつ、雪っ子たちをたっぷり青田買いして来ました。次に雪を観る時はオペラが忙しそうだ。
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2006年05月23日

ああ忘れじのきみ…ベルサイユのばらまとめ&コムちゃま退団発表


ええっと、5月は休日が多いですね。
休日が多いと言うことは平日が少ないわけで、休日出勤をしたくなければ、必然的に平日に猛然と働かねばならない…
ダイヤモンドはただのい・し!などと、労働者Mを口ずさみながら頑張って働いてました…働け〜働け〜…(自虐)。

やはり花組がお稽古中だとブログの筆もにぶるというものです…。
いつかスカイステージが見れるようになるといいなあと思いながら、その前にまずテレビを買わなくちゃ…(うちテレビがないんですよ…)。
会社ではずっとテレビがついているし、生活のほとんどを会社でしているので、あまりふじゆうがないんですよね…。
ちなみにDVDはパソコンで観てます。

さっき、もりもり働いていたら内線がかかってきました。
社内のヅカ好きの先輩からで、電話口で咆哮してました。「なにぼんやりしてんの!オスカル退団!!!」。
……は?なに??どうして???
と、思いました…普通に…。

電話をくれた先輩は予測していたのだそうですが、私はもうわおわおとわたる兄さんの退団でいっぱいいっぱいなので、コムちゃまはまだずーっといてくれるんだと思ってた…。
そうじゃないんですよね、かつてのトップさんたちが、絶頂で退団して言ったように、退団というのは皆にあることなんですね。
…そ、そうか。
そうなのか。
なんか、考えたことなかったけど、そうなのか…そうだよね…いつか、何が起こってもおかしくないんだよね…うーん………考えないようにする…。


コムちゃま退団のニュースにむせび泣きながら、ベルばらのまとめ。
実は5月9日に見たのが最後のベルばらでした。
これは通常公演で、フィナーレでコムちゃまがひとりで大階段にいて、びっくりしました。私はずうっと特出バージョンしか観てなかったんだなあ…。

何度か観て、漫画も読み返して、改めて思いました。
ベルサイユのばらは職業婦人の物語という側面を持つ。オスカルが男装しているせいでわかりにくいけど。
職業婦人(古)にとって、理想のダンナはアンドレでしょう。自由に働かせてくれて、疲れたら肩を貸してくれるのよ。家事はダンナにおまかせ!ヒモを経て主夫になるタイプっぽいので、適材適所の夫婦関係が築けそう。

一方、ジェローデルは、ぼくが働いてくるから君は暖炉の前でニコニコしてればいいよというタイプ。フェミニストですね。
ナルシスト、と言われますが、自分に自信のない男など魅力的ではないと思います。普段は愚かな意味で使われますが、立派なホメ言葉だと思う。
根拠のない自信に満ちていたらそれはアレですが。

オスカルはもちろん愛情でアンドレを選んだわけですが、それは彼らのスタンスも大いに関係していたのではないかと思うわけです。
毎日終電帰宅で早朝出社とか言うよくわからんスケジュールに苛まれている今、私はジェローデルと結婚したくてたまらない。


エイゴでは一人称はI、二人称YOUしかないけど、日本語にはわたし・あたし・おれ・ぼく・わたくし・あたくし・おいら・お前・あなた・貴殿・貴様・てめえ…など、ほんとうに色々ありますよね。
それは、すなわちキャラクター設定の記号であり、相手をどう思っているかを示す記号でもある。
ベルサイユのばらの原作でも、それがきちんと反映されていた。

ジェローデルがあくまで「オスカル嬢」「マドモワゼル」と呼ぶのが好きでした。
どうして舞台の上のジェローデルはオスカルを呼び捨てにするの…。

あと、アンドレがオスカルパパにご主人様、って言ってて、毎回ひっくり返ってました。だんなさまに統一して欲しい…。
とまあ、そんなわけで、私は通常バージョンを最後にして初めて観たのです。

水先輩のアンドレが!面白いアンドレでした。
水先輩は腹のないアメリカンな芝居をするので、とにかくオスカルが好き過ぎることは伝わってきました。

あ、腹のない、とは要するに腹芸をしないということですが、腹芸のあるなしはそのまま演技のいい悪いにつながるわけではありません。
全て表情や身振り手振り、台詞で全ての心情を表現する所謂“アメリカ”的な芝居か、心情は抑えて見せないけど滲み出てくるように演じる所謂“ヨーロッパ”もしくは“日本”的な芝居か。
演技の質の違いであって、役者の個性によって合う合わないがあると思うのです。

大王は後者かな。まおたんも。まとぶんは前者。
歌舞伎や普通の芝居では、どちらかに限定されて評価されることがおおいなか、宝塚には両方の質の役者がいて、本当に面白いところだと思います。

ええっと、話がずれましたが、たとえば肖像画のシーンで水先輩に感情全開で「見たい!」と述懐されると、私は思わず彼の肩を叩いて「ろくな絵じゃないから、見えなくてよかったよ」と言いたくなってしまうのです…。

そして、水先輩、死ぬ時にオスカルが見えていませんでした。
大王のアンドレは、撃たれて、オスカルが「アンドレ!」と呼んだ時、その声でオスカルの居場所を判断して、そっちを(見えているかどうかは別にして)見ながら断末魔の歌を歌う。
だから、オスカルがアンドレを呼び続けるその声は、今そこで恋人が死のうとしているのに、助けられないということに対する悲鳴として心を打った。

水先輩は見えてなかった。最初から最後まで心に描いた肖像画を見ていたのかもしれない。
オスカルの悲痛な叫びは瀕死のアンドレには届かない。
オスカルの、アンドレを呼び続けるその声は、自分を認識しない恋人に対する、悲鳴。

全く違って見えて、本当に興味深かった…両方ともオイオイないちゃったけど…。
アンドレ次第なんだなあと思いました。
…………たとえ、犬死だとしても。

音月くんのアランが、かわゆかった〜。発生は水先輩に似せているのか、口調がそっくりでしたが、吠え具合がアランでしたよ。
カワイイ系アランってよいな!

そうして、私のベルばらまつりは終わったのでした…
後夜祭には春野寿美礼大王のDVDを観ようと思います〜そんで、コムちゃまの笑顔を見てまた泣くんだ…

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2006年04月27日

いつもいつでも私のそばに…ベルサイユのばら―オスカル編―

今日のソワレも仕事先の人を連れて行きました。
2階SS席2列目センターだったので、ペガ子ちゃんキター!!
思わず手を振る私たち…楽しんでいただけたようでヨカッタ。

特出期間にあまり宝塚を観たことのないひとを連れて行くと、色々説明が面倒でした。
ただでさえ皆かしげ殿下と水先生の区別がつかないのに…(ばらの紳士になったらもう誰が誰やら…という感じみたいです)。
「なんで2番手が三人いるの?」
という素朴な質問に口ごもる私…わかるんだけど、説明がこの上なく面倒で…

安蘭さんのアンドレ、初日よりも昭和臭を振りまいてました。
そういうところがベルばらという作品自体の昭和臭とあいまって、本当に素敵でした。
毒殺未遂の場面、大王と衣装が違うんですね。今日気付きました…初日は何を観ていたのか…。
どうでもいいですが、毒殺の場面の安蘭さんは轟さんと見まごう程に似ていた…本当に似ていたんですよ!
他の場面ではそう感じないのですが…何度オペラで観ても、轟さんが毒殺場面だけスペシャル特出したのかと思いました…。


この作品、古風だなあと思うところに、各主要登場人物に登場のジングルがあること…。
誰が出てくるかわかっちゃう時代劇的構成。初めて観る人にはわかりやすいみたいだったけど。

そして、各人が自己紹介ソングを持つ。
オスカルは『我が名はオスカル』。アンドレは『白ばらの人』。(タイトルちがうかも)
オスカルは自分の歌では、まさに自分のことしか歌っていないのに対して、アンドレはオスカルのことを歌っている。
そして、そんな彼女が好きなのだ、と。
オスカルは彼にとって存在理由そのものなのです。
それだけ観ても、愛情量の差に驚くばかり。

だからこそ、アンドレが先に死ぬのだと思います。

宝塚版では、単刀直入な今宵一夜のシーンも、原作をなぞっているだけの「この戦闘が済んだら結婚式だ」というセリフも、オスカルの愛情量をなにも伝えてはこない。
そして、アンドレが死んで初めて、オスカルはアンドレを本当の意味で顧みる。
だからこそ、オスカルはひとりきりで死んだあと、自分のことばかりを歌っていた自らの自己紹介ソング「我が名はオスカル」のメロディに乗せて、アンドレへの想いを歌う。
いつも私の側に寄り添うようにいてくれた、という歌。

滂沱!滂沱ですよ…!!

銀の馬車に乗っているシーン、宝塚のベルばらには必要だ。
だって、死後、あの時に初めてオスカルは本当にアンドレを愛するのだから。


余談ですが、連れて行った仕事先の人たちの中で男性が衛兵隊に無駄に感情移入していました。
あいつらエライよ!だそうで。

…やつら、自称“まぬけ”ですが、いいですか?
しかも、「どうしてアラン編がないの?」って聞かれてこちらは素直に返答に困りました。
……どうして、って…。

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2006年04月25日

ジェンダーフリーを叫ぼう…ベルサイユのばら―オスカル編―


今日のソワレを観劇しました。安蘭アンドレお目見え〜。色っぽいアンドレでした。
オスカルとアンドレ、お友達みたいなふたりでした。
百合臭がそこはかとなーくして、それがまた。

客席にオーランド発見☆胸ポケにアニキの薬を入れているのかい?ウフフ(キショ)

今回の公演では、男だ女だ、と…色々なキャラクターがジェンダーの狭間で苦悩してしまいます。
そして、貞操観念がゆるめである。
少女漫画なのに!宝塚歌劇なのに!!

それにしても、ロザリー。
ロザリーはオスカルの軍服のにおいをかいだだけで、トリップ…なんですかその病的な妄想癖…。
しかも「オスカルさまがこれだけいれば、だれかひとりは私のことを愛してくれるかしら」みたいな感じ…?(違う)
偽オスカルの白いマスカレードが目に痛い。どうしてばらがついているの。

しかも彼女の暴走はとまるところを知らない。
ロザリーは「オスカルさまはおっしゃいました。男と女である前に、人間同士だと」みたいなことを言っていた。
だからあなたが好きなのよ、と。
軽々と飛び越えましたよ、いろいろと。
だってそれ、美輪明宏さまの言い分と一緒なのですから。美輪さまも言ってたよ「私は人として人を愛したのだ」と。
私は同性愛を否定しません。
でも、オスカルが「ひととして」と、言いたかったのは、人類は皆平等であるべきだということで、ジェンダーフリーを叫んだ訳ではけしてない。だから、ロザリーのあのセリフはいたたまれないのです…ロザリーを理解力のない小娘と認定しているようなものだから。
しかも、そんなロザリーに対してオスカルは申し訳程度に(というか、ロザリーの言い分は無視して)「かわいいロザリー…」とか言ってケムに巻いてましたが…。

ちなみに、ロザリーの気持ちを知りもせず結婚を斡旋したオスカルは、やがてオスカルの気持ちを知りもしない父親からジェローデルとの結婚を斡旋される。
ある意味因果なのか…。

そして、貞淑の崩壊。
オスカルが目をキラキラさせて言う…「アンドレ、私を抱け!」。
あ り え ねー
だってさ本来オスカルは、わたしを抱けって言えないから、恥じらい、目を伏せて「今宵一夜、アンドレ・グランディエの妻に…」って言うわけじゃないですか。そして、アンドレはオスカルが何を言いたいのかを全て飲み込んで「こわく…ないから」でしょ!?
いきなり赤裸々に誘うのだとしたら今宵一夜のセリフはいらないのでは…おおお…神よ…。
しかも、貴族の女性を床に跪かせるとはなにごとか…ぶつぶつ。

いいですよもう。役者を愛でる方向で楽しみたい。
貴城けい殿下のジェロデは今日も紳士だった。
こむちゃまのオスカルはかわいらしかった。
安蘭さんのアンドレはエロかった。
それでもう満足ですよ。

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2006年04月20日

それでどうしようというのだ…ベルサイユのばら―オスカル編―

今日は、ベルばらを観に行きました。
仕事先の人を連れて行ったのですが、何故か社内の人間がうようよいました。
どうして…。まあ、東宝のソワレは働いている人間にとって一番観劇しやすい時間ではありますが。

客席も豪華…いろいろな意味で。
失楽園先生のお姿を発見…官能小説の大御所の感想を聞いてみたいものだよ…

そして。
オスカル編は大劇で一度観ていたのですが、そもそもベルばらを観に行ったというより我が大王・春野寿美礼のアンドレを観に行ったのですからして、ただただ大王にうっとりしてストーリーはよくわかりませんでした(頭が拒否していたというか)。
ということで、今回は多少客観的に観てみました(たかがしれてますが)。
あ、大前提として、私は小学校2年生の頃に原作を買い与えられ、二十年近くベルばらを擦り切れるほど読んでいます。

そんな私としては、脚本はまさに「それでどうしようというのだ…」という感じ。
換骨奪胎した挙句バラバラになっちゃったのか…。

大劇からの変更点はよく覚えてないけど、ル・ルーがオスカルお姉ちゃまの日記を盗み読みしたとかほざくシーンはカットされていてホッとしました。
大王しか見てない私でも、いくらなんでもそりゃねえよ、と思ったので。
オスカルだったら、業務日誌はつけててもフェルゼンが好きなの〜なんて乙女日記はつけないもの。

…それでも…原作ファンとして言いたいことは山ほどありますが。

アンドレが見たい、と切望したオスカルの肖像画。
あの沙幕(?)の絵は………原作への侮辱ですか?それとも私への挑戦ですか。
大王のアンドレを観た時は大王しか見てなかったから気付かなかったんですよね…そんな私も最低ですが。

どうして原作の絵を使ってくれないのか。

漫画をよく知らない人があれを見て、池田先生の絵だと思ったら、と考えただけで気が狂いそうになります…。
しかも、「どんなだろ?どんな肖像画だろ??」って思っているうちに、オスカルがペガ子ちゃんに乗ってご登場って…このアンドレは目だけじゃなくて違うところにもガタがきてんじゃないのかね…?
やりきれない思いでいっぱいでした。

でもね実際問題として、こむちゃまが晴れやかな笑顔でペガ子に乗るなら、私も惜しみない拍手を送ろうとも。
「これが、宝塚だ」と割り切ろうとも。
というわけで、ペガ子シーンはアドレナリンドバーでした…だってこむちゃまがかわいいんだもーん…。

貴城けい殿下のアンドレはとても素敵でしたが、殿下に関しては私はジェローデルの方が好きでした。
役的にしどころはないかもしれませんが、私は原作でもジェローデルが好きなんです。そんなジェロデ好きの目からみても、とっても紳士で、素敵なジェロデでした。
アンドレはわたる兄さんが素敵だった…少し粗野な方がお好みなのかもしれません。
あ、春野寿美礼大王のアンドレは別格ね。だって比較対象にならないんだもん、好きすぎて(最低だな私)。

仕事先の方が観終えてひとこと。
「萌えどころがないなあと思ったら、オスカルとアンドレがあんまり一緒にいないからだ…」。
…真理だ。
カストルとポルックスが常に別行動だものね。

ようするに、この公演を観るにはコツがいる。
芝居を見ながら、頭の中で漫画を読むのです。
目の前で繰り広げられているシーンの原作における該当箇所を検索して、読みながら観るの。
……すっごく泣ける…。

なぜだろう、来週は2回行くのです…今度は貴城殿下がジェローデルだっ!楽しみ〜。あらんさんのアンドレも楽しみっ。

posted by 海野モノトモ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 雪組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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